~ 理事長のブログ ~

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2015年3月31日(火)

コットン プロジェクト その2

昨晩は、千倉小学校の離任式があり、夕方からは送別会がありました。
景山校長先生が定年退職、夢(ゆめ)の担任の先生が産休、移動される先生方が8名です。
初めて出席した送別会、すごかった。ヤング・ティーチャーのパワー、観察していました。
最後は、街中で万歳三唱。私は沈んでゆき、みんなは3次会へ。

「コットン プロジェクト」がいいのか、「こっとん プロジェクト」がいいのか、悩む。
忽戸(こっと)小学校校舎に集まる集団を、「コットン クラブ」にするのか、「こっとん クラブ」にするのか、 「こっとん くらぶ」にするのか、「こっとん 倶楽部」にするのか、悩む。「コットン 倶楽部」もありうるか。
一応、「コットン プロジェクト」でスタートします。

コットン プロジェクトの目的は

# いのちに優しく、こころ豊かな、しあわせを感じられる地域を創ります。
# 閉校した小学校校舎再利用のモデルを、南房総市と共に創ります。

そして、その目標として、

# 高齢者だけでなく、子供たちが集い、障害児・障害者、一般の市民も集い交流できるコミュニティセンター、 『地域の茶の間』を創ります。
# 地域自立のための場を目指し、地域住民が自分のこととして知恵と工夫を結集し、汗をかき、実行します。
# 一人暮らしの高齢者でも、適切なサービスを用いれば、自宅あるいは地域で最後まで生き切ることができる モデルを創ります。
# たとえ障害を持っても、認知症になっても、独居高齢者になっても、住み慣れた地域で、友人家族に 囲まれながら、尊厳を持って最後までその人らしく生きていける地域を創ります。

そして、各論に入って行きます。


                           松永医院の桜、今週末が満開でしょうか。

2015年3月30日(月)

コットン プロジェクト その1


2014年4月、140年の歴史ある忽戸(こっと)小学校が閉校となり、子供たちの声が地域から消え、校舎だけが 残ってしまいました。
小学校は地域教育の場であり、地域の核であることは、3月18日のブログに書きました。

小学校が閉校になるということは、地域の核を失うことで、限界集落となり消えて行く危険性をはらんでいます。 つまり、旧忽戸小学校地域にとってはピンチです。 しかし、ピンチをチャンスにもっていくことが、私たちの知恵だと思うのです。

私の行っている地域医療は、地域のいのちを守ることであり、地域のいのちの QOL(Quality Of Life いのちの質)を上げることです。 ですので、尚更、旧忽戸小学校校舎の再利用に関して積極的に関わって行かなければなりません。 それが私のMission(神から与えられた仕事)なのです。

全国的に、特に過疎地域において閉校となった小学校再利用がほとんど上手くいっていないので、私の周囲は 心配したり、反対したりと、私に助言してくれます。 しかも、昭和時代の校舎なのでコンクリートの直方体となって味気なく、校舎の面積が非常に大きいため 使い切ることが非常に大変となっています。
でも、「置かれたところで咲きなさい」精神で頑張ります。

旧忽戸(こっと)小学校校舎を再利用するプロジェクトを『コットン プロジェクト』と名付けました。 忽戸(こっと)のプロジェクト、コットン プロジェクトとなります。
私以外にも、忽戸小学校校舎の再利用に積極的に手を上げている方がいます。 その方とも、協働して小学校校舎再利用のモデルを創り、理想の地域おこしを図りたいと思います。

また、コットン プロジェクトには地域住民の参画が必要です。 自分のこととして、一人称の発想でアイデア、知恵を集め、汗をかくことが必要となります。 地域のまとめ役として協力できればと思っております。

この後、その構想(周りは妄想と言っていますが・・・)を書いてみたいと思います。

2015年3月29日(日)

ありがとうこころをこめて

卒業式の季節も終わり、入学式の季節となります。心が躍る季節です。
桜の季節にもなり、スギ花粉がなければ、最高の季節となります。

卒業式に歌う歌と言えば、「仰げば尊し」。あと「蛍の光」「君が代」ぐらいしか思い浮かばない私です。 御主人様(ワイフ)と娘の夢(ゆめ)に聞くと、「旅立ちの日に」「思い出のアルバム」「YELL」などが出てきます。 時代の変化を感じます。
そういえば、海援隊「贈る言葉」とか山口百恵「いい日旅立ち」なんかを思い出しました。

末娘の心優(こころ)が何か歌っているのを、YouTubeで歌いながら検索してみたら 「ありがとうこころをこめて」というのがヒットし、聴いてみると心優(こころ)が歌っているものと同じ歌でした。 すごい時代ですね。
卒園式の歌だそうです。その詩が良かったので紹介します。
まずはYouTubeで聴くことをお奨めします。



 『ありがとうこころをこめて』(卒園式の歌)

 いつの間にか 僕たちは 一人で歩いていたよ
 6年前に この世に生まれた 小さなこの命
 晴れた日にも 雪の日にも 元気なときも 病気のときも
 変わらない優しい眼差しが 僕たちを包んでくれた

 気がつけば 春の風が あんなに歌っているよ
 ありがとう 心をこめて ありがとう そしてさよなら
 どこまでも 遥かな道を 歩いていける勇気と
 悲しみを分かちあえる 温かいこの心

 ケンカをして 仲直りして 泣いて笑って 励ましあって
 みんなと一緒に わたしたちは 大きく大きくなれたよ
 気がつけば 春の風が あんなに歌っているよ
 ありがとう 心をこめて ありがとう そしてさよなら

 晴れた日にも 雪の日にも 元気なときも 病気のときも
 変わらない優しい眼差しが 僕たちを包んでくれた
 気がつけば 春の風が あんなに歌っているよ
 ありがとう 心をこめて ありがとう そしてさよなら

2015年3月28日(土)

ドクター・ゴー

千倉小学校5年生の娘・夢(ゆめ)のテストができなかったのが発端で、この3月の1か月間、テレビ禁止、アルコール禁止 としました。「夢、お前のせいでつまらない1か月間になってしまった!」というのを 「夢、お前のおかげで貴重なこの1か月間になったよ。有難う。」という1か月間にしような。。。と夢と約束してきました。

テレビも観ないし、アルコールも飲まないので、時間が空いてしまいました。 ならば、この空いた時間でブログを毎日更新しようと決めました。
過去に日記を書いたことがありますが、真新しいノートの初めの数ページを書いてお終い。
そんなノートが何冊もあります。三日坊主の極みで、長続きができないんですね。

でも、そんな、文章を書くことが苦手で遅い私が、28日間連続してブログを書いていることは初めてのことで奇跡です。 Unbelievable! 私も成長したものです。
これも、夢のおかげです。夢のアホに有難う!

テレビ、天気予報を観ていないので、突然の雨にやられてしまったことがあります。
NHK教育テレビの「0655(ゼロ・ロク・ゴー・ゴー)」を観て我が家族はスタートしていましたが、観ていないために 初めは一日のスタートが上手くできませんでした。
でも、その内に、テレビが無くても特に困ったことは起こらず、テレビのない生活も悪くないなと思うようになりました。

アルコールを飲まない私に、「どおしたの? 体調が悪いの?」と聞かれます。
私は、「医者に止められているんだ。ドクター・ストップなんだぁ!」と答えています。

3月は私の誕生月です。私の誕生パーティーで美味しい料理を前にして、私の可愛い我が娘の夢(ゆめ)と 心優(こころ)が、「日頃頑張っているお父さんだから、アルコールを呑んだ方がいいよ!」と 涙チョチョギレることを言ってくれました。
まあ、多少の誘導発言をさせていますが。。。

ということで、2週連続の誕生パーティーを開きました。ンッ???
現在、26勝2分。(2敗ではないです)

あと少しで4月。
ドクター・ゴー! がでるよ。

2015年3月27日(金)

千倉小学校PTA

新生・千倉小学校は、景山校長先生と長岡PTA会長の下でスタートしました。

景山校長先生は、この春、退職されます。 初代校長先生として真っ白いページに筆をおいたことに、真っ白いおろしたてのパンツを履いたことになります。 お疲れ様でした。
千倉小学校5年生の子供たちが山形県飯豊町へ交歓会に出発する真冬の早朝に、子供たちを見送りに来て頂いたことが うれしく思いました。景山校長先生は、白がよく似合います。
白い遥かなる雪原に、振り返れば、白い足跡が残る。
景山校長先生、私は景山校長先生の魂を揺さぶるような退職記念講演を聴きたいです。

長岡PTA会長、軍隊のコマンダーとしてではなく、野球チームのキャプテンのようにメンバーの意見をよく聞き、先頭に 立ってまとめてくれました。有難いです。いつもPTA活動している時には傍に立っていました。 リーダーがいつも傍にいるという安心感は有難いです。
初代PTA会長として、4つの地域の垣根を取り外して千倉小学校にまとめ上げました。
年齢的にも私に近く、次年度も千倉小学校父兄として残るので助言を求めて行きたいです。
あと、千倉小学校児童421人で走るマラソン、長岡PTA会長が独り言のように言ったアイデア、実行したいです。

次年度に向かって準備する時期となりました。2015年度小学校の人事異動も発表になったのでしょうか。 来週、3月30日は千倉小学校のお世話になった先生の離任式です。
銀鱗荘ことぶきさん、お世話になります。

私の2015年度の目標を挙げてみます。

 ・新・校長先生の教育方針演説を開く。
 ・千倉小学校リレーマラソンを実行する。
 ・義道教頭先生の道徳・いのちの授業を開く。
 ・日本一、地球一、気持ちの良い挨拶をする小学校へ。
 ・研修会を工夫し、楽しく身のあるものにする。
 ・PTA父・母による研修会を開く。
 ・ゲーム、インターネット利用法の研修を継続する。
 ・東日本大震災被災者のいのちの講演会を開く。
 ・長崎被爆者のいのちの講演を開く。

そういえば、千倉小学校学校医としての目標を掲げていません。
まあ、医師として、こちらはやるべきことをきちんとやります。

子供たちを通じて、未来を創ります。

2015年3月26日(木)

しあわせへの教育

しあわせ大国になるためには教育が大切です。 教育が大切であるということは、教育にお金をかければよいということでもなく、知識を詰め込むことでもないです。 お金がなくても、工夫をすれば幸せになることができます。 知識がなくても、知恵の向こうにある心を上手く使えば幸せになることができます。 また、幸せになることと科学が進歩することとは別の次元のことだと思います。

暴れる子供が悪いのか。 そんなことはないです。
子どもをコントロールできない親が悪いのか。 少し悪いかな。
教育の場である学校が機能しているのか。 バランスが取れていないと思う。
身体と心を健康にしていない医師が悪いのか。 しあわせになる道標を創りたい。

子どもの有り様は、社会の中のもろもろの結果です。
日本は豊かになりましたが、子どもたちは豊かになっていません。 大きな夢を語ってもらいたい子供たちが、大きな夢を語らなくなっています。その責任は、私たちにあります。


私は、子供を叱れない親、学校、社会が悪いと思っています。子供に迎合的になりすぎている社会が悪いと思っています。 「悪いことをすれば叱られる。良いことをすれば褒められる。」という無意識の文化が壊れかけているからです。
今のままじゃまずい! そういう病識を持ち、「お天道様がみている」という文化を大事にしたいものです。

一番大切にしたい「人間としての生き方」を子供たちに伝えたい。
頭だけで考えるのではなく、心でも考える子供になってもらいたい。
生きる目的を定め、その目的が達成するための目標を子供たちと考えたい。
次に、その目標を達成するための戦術・計画をともに練り、実行したい。
そして、その目的が達成した時に、大きな達成感と共に涙したい。

「心を伝え、道を授ける」という道徳みたいな、そのことが教育に欠けていると思います。
人に勉強を教えるということは、自分自身も勉強しなければなりません。
子供たちに生き方を伝えるということは、親も理想の生き方をしていなければなりません。
しかし、現実には心豊かに生きている人はそう多くないです。
子供たちに「心を伝え、道を授ける」ためには、親も含め社会全体の価値観を高めて行かなければなりません。 そのためには、やっぱり、教育が大切です。

今を守る教育だけではだめで、未来を創る教育も必要です。
みんなが幸せになるために、みんなが心豊かになるために、教育に参画したいですね。

2015年3月25日(水)

教育大国はしあわせ大国

私たちの人生の最大の目的は、みんなが幸せになることだと思う。しあわせとは求めるものでもなく、つくるものでもない。 自分の身の回りに落ちていることに気付き、たくさん拾い上げ、噛みしめるものだと思う。

2012年、国連が幸福大国のランキングを示しました。
1位:デンマーク、2位:フィンランド、3位:ノルウェー、4位:オランダ、5位:カナダ
上位に北欧、ヨーロッパの国が選ばれています。 しあわせ大国としてブータンが有名ですが、発展途上国の中ではトップですが、世界ではたしか9位にランク・インしていました。

OECDにおいて教育大国の指標として、一人あたりの教育費のランキングが示されました。
アメリカ、スイス、スウェーデン、ノルウェー、デンマークと北欧勢が続く。
かつてのアメリカは、教師は尊敬されていませんでした。 しかし、レーガン大統領がこれではまずいと判断し、国家最優先プロジェクトとして教育に力を入れました。 そのおかげで世界トップの教育大国となり、世界から優秀な人材がアメリカに集まっています。

ここで言いたいことは、「しあわせ大国」とは「教育大国」である!ということです。
経済大国だからしあわせ大国だとはかぎらないです。ましてや、軍事大国は関係ないです。

さて、日本は教育大国なのか? しあわせ大国なのか?
答えは、日本は教育中国であり、不しあわせ大国である。 日本人は、足りないところを一生懸命探しては不平不満を言う国民になってしまっているのです。

「あなたは親を尊敬していますか?」「あなたは教師を尊敬していますか?」という質問を子供たちにしてみました。 先進国において、ともに、「YES」と答えた子供の割合が一番低い国がなんと・なんと、日本でした。。。 親、知っていました? 先生、知っていました?

かつての日本人は、年寄を大事にし、年上を尊重し、先生を尊び、親に従う、礼儀正しい優秀な民族でした。 しかし、このような日本人は絶滅危惧種ではなく絶滅種となってしまいました。。。これでいいの?

診察室の周りを走り回る子供たち、親は知らんぷりしてスマホをパチパチ。
30分ほど待って勝ち取ったJRの席、その席の目の前に腰の曲がったお婆ちゃんが立っていても死んだふりをする若者。
学校の先生と友達のようにタメグチで話す親、その横でコントロール不良な暴れる子ども。

  ち・が・う!!!


2015年3月24日(火)

新生・千倉小学校



2014年4月、南房総市千倉町にある四つの小学校が統廃合し、千倉小学校が誕生しました。
そして、一年が経とうとしています。景山校長先生は、初代校長先生として新しい歴史を創り、そしてこの春退職されます。 本当にお疲れ様でした。

小学校5年生の娘・夢の同級生は、前は11名だったのが今は86名。組も3クラスに増えました。 前は全員が仲間だったのが、今は良く知らないお友達も沢山います。

中でも大きな変化を感じたのが、運動会でした。 久しぶりに見た騎馬戦、全員リレーから選抜リレーへ、PTA種目が何個もあったのが1種類のみ、地区対抗リレーが 無くなるなど、かつて私たちが子供のころに行った懐かしい運動会が蘇ってきました。 駐車場の確保、観客席の整理など不安な要素もありましたが、PTAと特に若い先生の準備のおかげで、子供たちにとって 思い出多き第1回千倉小学校運動会になりました。

同級生が増えることにより、選択肢が増え、競走しなければならない場面も増えました。 このことは、良いことだと思います。社会は、競争社会です。人間は平等だけど、対等ではないです。 そのことを小さい時から体にしみ込ませることは大切でしょう。

私自身、教育を通じて社会貢献を、いかに優しくて心豊かな子ども達を創れるかという思いでPTA役員に立候補しました。 私は、PTA役員の中で一番の年長で、教頭先生よりも年上で、校長先生より年下の存在です。しかも、学校医です。 「松永さん」と呼ばれたり、「松永先生」と呼ばれたりと、非常に扱いにくい存在だったと思います。

私の中の結論、「千倉小学校PTA役員として参画するのではなく、千倉小学校 学校医として参画するのが最も効率性が高い」ということです。 PTA活動は時間的ボランティアを行うことで、日常診療している中で昼間の学校行事に参画することは大変です。

私の任務はあと1年です。当然、その任務は全力で遂行します。
子ども達に、いかに多くの思い出を創らせることができるか、いのちの大切さを伝えること、人生には多くの困難があり 乗り越えることのできる強さを身に着けてもらいたいと思います。

新生・千倉小学校のこの一年間、大成功だったと思います。
教育は、武器を持つ必要のない最大の国防政策であり、未来への最大の投資である。

2015年3月23日(月)

安房の自慢・教育編

今まで、私は医療人として安房の医療に関する自慢を書いてきました。
次に、安房の教育に関して書いてみたいと思います。

私の高校の友人で、教師となって故郷・安房で活躍している同級生が割といます。
教頭あるいは校長になっている友人もいれば、管理職を目指すのではなく現場で子供たちと接することを 大切にしている友人もいます。
1~2月に1回、安房高の同級生が集まり、いろいろな思いを話し合います。
その友人に、「安房の教育に関する自慢は何ですか?」という質問をすることがあります。

日本の人口、1億2千万人。千倉の人口、1万2千人。
つまり、千倉は日本の約1万分の1。
安房は約14万人の地域。千倉の約10倍の地域。
つまり、安房は日本の約千分の1。

大学入試の季節が終わりかけています。東京大学の入学定員が約3千人です。
ということは、この千分の一の安房地域は毎年3人ほどの東大合格者がでなければなりません。 でも最近、東大合格者そんなにいたかな。。。

くだらないことですが、安房地域は大学進学に関して頑張っている地域ではないんです。
では、中学教育に関して、小学校教育に関してはどうなんだろう。
あまり安房地域は、知的に遅れているとは聞いておりませんが、知的水準が高い地域とも聞いたことがありません。 知識は多いに越したことがありませんが、全てではないです。やはり持っておきたいことは、知識ではなく知恵です。 いかに知識を人のために使えるかという知恵です。

筑波大学付属駒場中学・高校の定員160名、東大に100名近く合格する高校です。 その中学入学式で校長は「あとは子供たちをしっかり教育し、立派な大人にさせます。 だから、親は子離れをしてください。」と言っていた、と友人が言っていました。
浦和高校、公立高校では東大に一番入学させている高校です。そこでは教師が、「家では勉強する必要がない。 学校で一生懸命勉強し、遊べ!」と言っているそうです。 おそらく高校生の滞在時間が最も長い高校で、ラグビー全国大会へ出たり、クイズ選手権で上位獲得しています。
渋谷・幕張高校も、私の受験時代にはなかった高校ですが、「自調自考(じちょうじこう)」という理念の下で 人気学校になっています。

どれも受験勉強にだけ力を注ぐ学校ではないです。 理念がしっかりして、学校の教師が子供たちの人生の中に入って行き、人としての生き方と知恵を授けています。

安房地域、安房の教育の理念は何ですか? 自慢は何ですか?

2015年3月22日(日)

安房の自慢・松永醫院編



父の具合が悪くなったのが1995年、今からちょうど20年前です。
そして、父が亡くなったのが1997年、父・松永春二・松永医院が閉院し、松永平太・松永医院が新たに開設となりました。 つまり、私が千倉で骨を埋める覚悟をした年になります。
その後、2001年に医療法人化し、2009年には現在の松永醫院にリニューアルしました。


松永醫院の一番の特徴は、人生丸ごと応援医療を提供していることです。
歳をとれば病気になり、寝たきりになったり、呆けたりするものです。
松永醫院では、体と頭と心リハビリテーションを行い要介護状態にならないよう予防し、たとえ要介護状態になっても 様々な良質な介護保険サービスを提供することができます。
日本一、地球一、笑顔が集まる介護保険サービスを提供して、その結果、みんな障害を持ちながらも元気に過ごされています。

老後のことを考えると心配になります。寝たきりになったりボケてしまったらと考えると怖くなります。 私は患者さんに、「寝たきりになってもボケても、大丈夫! 私がどうにかするよ。」と言っています。
こんなこと言える医者は、おそらく、そんなに多くないですよ。

次に、医者としての本質、医療の質を保っていることかな。
2人に一人が癌にかかり、3人に一人が癌で死ぬ時代です。 癌になったけど癌で死なない人は1/2 - 1/3 = 1/6で、6人に1人が癌サバイバーとなります。 その6分の1の癌サバイバーをメチャ広げることが私の仕事です。死んだらもったいない癌では死なせない! 胃癌、大腸癌では死なせない!できれば肺癌でも死なせない!という思いで治療しています。

そのためにも検査は大切です。使い込んだ車が壊れてから修理してもお金と時間がかかり、元の状態に戻ることが 難しいこともあります。古い車ほど定期的な車検が大切です。
人間も同様ですよ。車は買い換えればよいのですが、人間は換えがきかないのだから尚更です。

最後に、最近赤丸急上昇で思うことですが、スタッフが優しいことだと思います。
「あそこのクリニックは、先生が良いから!」と言われるのは当たり前で、「あそこのクリニックは、先生も良いけど スタッフも親切なんだ。」と言われなければ! と言ってきました。 既に、この目標は達成しております。私自身もスタッフに助けられています。

受診した具合の悪い患者さんにフォローアップの電話をする、失禁まみれの認知症患者さんを 嫌な顔をせず上手く促す、自宅でその人らしく暮らせるよういのちを支える・・・。

おそらく、すでに、日本一素晴らしい普通の田舎診療所になっていると思うのですが。。。
これからも、より高き 日本一、地球一、笑顔の集まる診療所をめざして頑張ります。
お楽しみに!


2015年3月21日(土)

安房の自慢・亀田編

安房には亀田メディカルセンターという巨象がいます。24時間365日、不眠不休で安房のいのちを守ってくれています。 地元住民の患者さんは、何かあったら亀田へ。地元開業医の医者も、何かあったら亀田へ、という安心感があります。

私自身、患者さんに「24時間365日いのちを守る!」と言い、私の携帯電話の番号を知らせています。 けれども、週末はアルコールを飲んでヘベレケ、水曜日はお江戸の日で不在、勉強会、学会で留守にすることが多いです。 それができるのは、何かあったら亀田にお願いすることができると考えているからです。 もし、亀田さんがいなければ、お酒も飲めないし、遠出もできなくなってしまうでしょう。

医学部卒業して研修医となり、一般病院で卒後研修を行います。 その研修医として働きたい病院として、亀田メディカルセンターは都会のトップ大病院と競いながら、研修したい人気の 高い病院となっています。田舎の病院では、日本ナンバー1、ナンバー2を争う人気病院です。 そんな病院が直ぐ近くにあることは、有難いですね。

田舎で医師を確保することは、一般的に困難です。 しかし、亀田メディカルセンターは、マグネット・ホスピタルで、医師がどんどん集まってきています。 若い医師は、数年で研修という名のもとで、目の前の患者さんをうっちゃって移動します。ドンドン変わります。 しかし、医師総数は次第に増え、現在、亀田メディカルセンター関係で500名を超えていると思います。

都会に行かなければできない検査、治療があり、田舎は都会に比べれば医療レベルが低いのが当たり前でしょう。 しかし、安房地域では亀田メディカルセンターのおかげで地域内で医療が完結できます。 それどころか、都会の人が良質の医療を求めて、鴨川・亀田まで来ています。

内視鏡を用いた温存療法、縮小手術で乳癌の切除することを求めて来る。
脊椎脊髄外科、普通は整形外科領域です。しかし、脊髄は脳神経の延長だから脳外科医と整形外科医がチーム・スパインを 組んで互いに良いとこ取りで治療を行っています。
また、女性の失禁、子宮脱、膀胱脱など、あまり恥ずかしくて相談できない領域を、泌尿器科(ウロ)と 婦人科(ギネ)とがタッグを組んでウロギネ科という科を創設しています。
まだ、あります。難治性の便秘、痔などを扱う直腸肛門科・・・。

医学・医療以外にも、初めて電子カルテを導入、初めて病院前に外来専門とするクリニックを創設、患者さんを「患者さま」 と呼ぶ、全室個室のオーシャンフロントの病棟を創る。

そんな巨象である亀田メディカルセンターおかげで、安房のいのちの安心・安全が日本一、地球一となっています。 そのリーダーである亀田信介先生が、「美味しい料理を作るためには、美味しい出汁(だし)が必要です。 ですので、良い医療を創るために、私どもを出汁(だし)として十分に利用してください。」 と安房地域医療センターのオープニング・セレモニーで言っていました。

私はアリンコです。小さなアリンコである私が、大きな象さんをブッ倒したら面白い・・・。
と妄想しつつ、でも、踏み潰されてしまうんだろうな。
やっぱり、みんな仲間がいいね。


2015年3月20日(金)

安房の自慢・医療編

「しあわせ」から「教育」へ、移って行こうとしています。 その前に。

私は医師ですので、医療を通じて社会貢献をしたいと考えています。
この安房地域、特に千倉エリアに住むいのちが輝いてもらいたいと考え、地べたにめり込みながら医療を実践してきました。

「お前の自慢は、何なんだ?」と聞かれたら、「いのちの安心、安全が日本一、地球一」と。

都会、駅前ビルのテナントに診療所がひしめき合い沢山あります。 医師は1時間ほど通勤して、朝8時ころに診療所の鍵を開け、夕方6時ころに診療所の鍵を閉める。 つまり、夜間は無医村になっています。子どもが高熱を出すと、かかりつけの医師に連絡もせず、有名な病院を 受診し、何時間も待たされた挙句にアセトアミノフェンを数粒もらう。。。
田舎(安房)、診療所と住むところ、生きるところが一致、あるいは近接しています。 困ったらかかりつけ医として夜中でも診ています。診療所の数は少なく、選択肢も少ないが、24時間いのちを守っています。

都会、診ようと思えば診れる、でも疲れているし万全でもない、他にもたくさん病院があるから救急要請を断ろう・・・ と全ての病院が断り、救急車のたらい回し事件が起こり、いのちが消えて行っています。

田舎(安房)、亀田メディカルセンターが「自分たちが断ったら誰がいのちを守るんだぁ!」と 24時間365日不眠不休でいのちを守っています。

「都会にいれば・・・」という命の軽さが田舎の宿命だと思っていたのが、都会よりも上。
医療の要である医師、対人口10万人当たりの医師の数が、全国平均は230人、安房地域は500人ほど。 おそらく日本一、医師が集まっている地域です。

在宅での看取り数は、千葉市とほぼ同数。安房の人口が千葉の人口の7分の1ですので、在宅看取り率は千葉市の7倍となります。 在宅での看取り率が高いということは、医療と福祉・保健・介護の連携が上手くいっている、行政との連携が上手くいっている、 コミュニティーが生きているからだということになります。

安房のいのちは、日本一、地球一!
しかし、このことを知っている安房の市民は少ない。


2015年3月19日(木)

小山 剛氏 逝く

また、巨木が倒れてしまった。本日が、葬儀、告別式だそうです。

超高齢社会の日本がいかに高齢多死の津波を乗り切るのか、世界は注目している。
幾つものの必要と思われるケアシステムを、制度になる前から実践し、後から時代が追い付いてきた フロンティア・ランナーである小山 剛(こやま つよし)氏が亡くなった。

遠く人里離れた山の中の老人施設に、それまで生きてきた人生から分断された老人たちが寂しそうに入ってくる。 おかしい。ならばと、大型老人施設を解体し、各地域に小規模老人施設を作り、地域に戻した。

通いもでき(デイサービス)、お泊りもでき(ショートステイ)、自宅へうかがう(ヘルパーサービス)こともできる、 一体型の小規模多機能サービスのモデルを実践した。

安心・安全を提供し、困ったときには訪問することができる、夜中でもオムツでなくトイレで排泄することができる、 定期巡回・随時訪問型訪問介護、訪問看護を24時間365日提供するモデルを実践した。

望めば最後まで自宅で過ごすことができるシステムを創った。
雪深い新潟・長岡で、遠く散在する山村部落の老人たちのいのちを守り、安心・安全を提供し、地域包括ケアシステムを創った。

その現場を見てみたいと、昨年、2014年7月30日(水)、長岡「こぶし園」へ見学に行きました。 娘の夢とスタッフの大鳥くんと3人での日帰り研修でした。
全国から見学に来ており、前日にはロシアからの見学があったそうです。

”高齢者総合ケアセンターこぶし園”(※外部リンク)

以下に 大熊由紀子さんからの情報、小山剛氏からのメールを載せます。


2015年3月18日(水)

地域教育

奄美大島の南に加計呂麻島という小さい島があります。

人口は約1,300人、高齢化率50%ほどと、超高齢社会である日本のさらに20年未来を行っている千倉の そのまた20年ほど未来を行っている小さな島です。 千倉の人口は12,000人ほどですので、加計呂麻島は千倉の約10分の1の小さな島となります。 千倉には4つの小学校がありましたが、その小さな島である加計呂麻島には9つもの小学校があります。 つまり、10倍の大きさの千倉では小学校が4校で統廃合へ、10分の1の加計呂麻島では小学校が9校もあるということです。

加計呂麻島では部落が散在しているという地理的制約があるため、小学校と中学校が一緒の小中学校になっていたり、 全児童数あるいは全学生数が10名以下の学校が多くあります。
小学校が地域の核となり、市民に支えられている。小学校が無くなると、その部落は限界集落となり、部落が消えて行く。 それを避けようとして、部落の市民が必死になって小学校を支えて行こうとしている。

※外部リンク
◇”鹿児島県大島郡 瀬戸内町 | 唄と海でゆらう町 満天の星が降りそそぐ町”
◇”奄美観光なら加計呂麻島-かけろまじま”

私の仕事は、地域医療を実践することです。 「目の前の患者さんの訴えをよく聞き、その患者さんの訴えを一生懸命に解決すること」 この行為は地域医療ではなく、医療という言葉になります。 地域という言葉がついている以上、地域とつながっていなければなりません。

地域医療という言葉あるのなら、地域教育という言葉があっても良いと思う。
「地域教育」あまり聞いたことがない言葉ですが、地域という言葉がついている以上地域とつながっていなければなりません。
登下校の途中の子供たちの笑い声、地域の人たちとの気持ちの良い挨拶、それらが地域の潤いとなります。 登下校中の立ち小便、スイカ泥棒、誰かが見ているのではないかという「お天道様が見ている」 という大事な文化を教えてくれる。また、小学校の運動会、入学式、卒業式などの行事を通じて地域の人たちと交流する。

地域とつながり、地域の人たちが自分のこととして小学校を支え、小学校も地域へ出て行く。 肌の温もりが伝え合える関係、自分のこととして支えあう関係、「絆」と同様に大切に育てなければならないことでしょう。

この大切な地域教育の場が、小学校だと思う。

2015年3月17日(火)

最後の学校医

忽戸(こっと)小学校は明治7年、現在の小学校のすぐ近くのお寺に開設されました。 2014年に閉校となり千倉小学校へ統合され、140年の歴史が閉じました。 早稲田大学よりも古く、東北大学などの旧帝大よりも古い歴史がありましたので、閉校する重み、寂しさを強く感じています。

忽戸小学校が閉校するに当たり、書いた文章があります。下記に紹介します。
今すること、忽戸小学校を記憶に残し、地域の核としての機能を残し
千倉小学校に統合されてよかったね!と言える努力をすることでしょう。

忽戸(こっと)小学校 最後の学校医

 私が忽戸小学校を卒業したのが昭和47年ですので、今から40年以上も前の話となります。 当時の校舎は木造で、6年生の教室だけが二階建てになっていた覚えがあります。
ほとんどのことは忘れてしまいましたが、天気が良い日には朝から校庭で野球をしたり、水泳練習をして優勝したり、 スイカ泥棒をしては怒られたりと楽しいことばかり覚えています。 また、多感な小学校時代に一生の恩師となる景山玲子先生と小宮忠先生に出会うことができたことも私の宝となっています。 今の私があるのはこの先生方のおかげです。足を向けて寝られません (景山先生も小宮先生の自宅も私の家よりも北側にありますので、実は足を向けて寝ています。ごめんなさい)。 そんな人生の恩師も、時に私の診療所を患者さんとして来られることがあり、二代目田舎ヘッポコ開業医である私を 「へーた先生」と呼ばれると肛門がかゆくなります。

 私の仕事は地域医療を実践することで、地域のいのちを守り、未来へ安心を提供することです。 いのちに優しく、こころ豊かな、しあわせを感じられる地域を創ることでもあります。 そのためには困っている人がいれば自然と手を差し伸べてくれる子供たちをたくさん作りたい。 お爺ちゃんの膝の上で食べたご飯の美味しいこと、お婆ちゃんの温めてくれた布団に潜り込んだ気持ちの良さを子供たちに 一杯、一杯、一杯伝えたいと考えます。

 私は忽戸小学校の最後の学校医となります。子供たちにいのちの大切さを伝えることも大切ですが、試練を乗り越える 知恵と強さを伝えたいと思います。辛いことがあるから嬉しいことがわかります。 人生には試練がある、だからこそその試練を乗り越えたところには喜びと達成感が待っています。 人生は辛くて試練が一杯あるからこそ面白いことを伝えたいと思います。

 忽戸小学校が閉校になってよいのだろうかという気持ちがまだ残っています。 もし忽戸小学校が閉校になることが本当であれば、それは試練でありピンチとなります。 ならば、この試練をピンチを乗り切ろうと思います。 みんなで知恵と工夫を出し合い、汗を流し、新しいモデルを創ろうではありませんか。 それが子供たちへの贈り物になるでしょう。

2014年  松永 平太

2015年3月16日(月)

ヘベレケ

今日は、ふ・つ・か・よ・い。
懐かしい、久しぶりの二日酔い。

最期、いや 最後のほう 覚えていない。

昨晩は、日ごろ頑張っているお父さんだから、誕生日だし、飲んだ方がよいという娘の応援でカッポレ解禁となりました。

いつものように最後は ヘ・ベ・レ・ケ!
しあわせの中で 沈んでいきました。

2015年3月15日(日)

人生のKeyword

千倉町では四つの小学校が統合し、新生・千倉小学校ができました。 私自身、統合することに反対していましたが、三幣南房総市教育長の剛腕により統合されてしまったという感を持っています。 ならば、「統合して良かったね」と言える小学校を創ることが私たちの進むべき道です。 そして、統合して1年が経とうとして、千倉小学校になって良かったと思えるこの一年です。 景山校長先生、義道教頭先生、夢の担任である穂積先生に感謝します。

本日、千倉小学校のPTA広報誌No2「千倉笑」が発刊されます。 その中で、卒業する小学校6年生84名の将来の夢が載っています。
男の子は、将来は野球の選手、サッカーの選手に。女の子は、アイドルに、スチュワーデスに。 と、書いてある夢大きな少年・少女は絶滅危惧種となっています。
ん~、これでいいの?

でも、私が小学校時代には、将来のことをほとんど考えていませんでした。 父が開業医でしたので、「将来は医者になって家業を継ぐもんだ」という無言の社会的オプレッションの中でただ呼吸をしていたような気がします。

私が中学、高校と進学した時は、「将来は海外で研究者になり、ノーベル賞を目指す!」と真剣に夢みていました。 しかし、そのための努力、準備はしていなかったです。



「夢」には3つの意味があります。
1つ目は、医学的な夢
2つ目は、はかない夢
3つ目は、目標と夢
当然、3つ目の未来へ向かう夢を求めて行かなければなりません。

私は町医者になって良かったなと思っています。なぜなら、夢を語らなければならない仕事だからです。

みなさん、少年、少女だったあのころのように、夢を求めていますか?
そして、夢を語っていますか?

人生のKeyword、『夢』。とっても大切な言葉です。
だから、私の娘に夢(ゆめ)という名をつけました。

2015年3月14日(土)

断酒、断テレビ

3月に入り、テレビは観ていないし、アルコールもゼロ。す・す・すごい!
テレビを観ないのはどうでもよいけど、週末はアルコールでリフレッシュとウィークエンド・カッポレ状態で沈んでるのが通例です。 試験前でも試験中でもアルコールを飲んでいましたので、今まで週末にアルコールを飲まないのは手術をした直後位なものでしょうか。

2月下旬、小学校5年生の夢(ゆめ)が、学力テストの算数が今一つの結果であることが判明しました。 日頃、様々な学科の中で算数が一番大切で、集中とスピードが大切だと。
計算は早ければ早いほど、計算はより正確になる!と言っています。

本当は、今週月曜日は小学校の振り替え休日で、妻は休みを取ってまで夢と妹の心優(こころ)を連れてディズニーランドへ行く予定でした。 ところが、夢がテストを失敗したため、ディズニーランドへ行くことを禁止しました。

そしたら、しばらくして我が御主人様から私に
「ずるい! 楽しみにしていたディズニーランド行きがキャンセルになって残念に思っているのに、平太さん一人が被害に合わないのは卑怯!」と。
ならば、1か月間テレビ観戦は禁止と伝えました。
夢は「お父さん、マッサンも?」と聞いてくるので「あたりまえ!ダメ!」と答えました。 妻も、日曜日NHK午後8時からの大河ドラマを観るのが小さい時からの習慣で、私と結婚してからも私が作る夕食を食べながら大河ドラマを観てきました。
「花燃ゆ」、3月、観ていません。

父親の私としては、自分により重たいペナルティーを科しましょうということで禁アルコールを誓いました。
できるのかどうか自信がなかったので、妻には黙って実行中です。今も頑張っています。
毎晩、ノンアルコール飲料を飲んで飲んだ気持ちになり、偽カッポレ状態になっています。

テレビは観ない!アルコールは飲まない!と決意した。そして、時間が空いた。
ならば、ブログを毎日更新しませう!と文章を書くのがヘタくそで遅い私が、それなりの気合で毎日書いています。

夢には、「『夢、お前のせいでテレビは観れないし、アルコールも飲めない!』というこの3月を 『夢、お前のおかげで有意義な1ヶ月にすることができたよ!』と言えるひと月にしようなぁ」と言っています。

でも、あした、私の誕生日。の・の・のみたい・・・

2015年3月13日(金)

人と人とのつながり

人と人とのつながりを、
自分自身が強い存在である場合には、「しがらみ」と言うことがあります。
逆に自分自身が弱い存在である場合には、「絆(きずな)」と言うでしょう。

自分自身の状態が強いのか弱いのかで、人と人とのつながりが鬱陶しいものになったり、有難いものに変わる。

雨で借りた有難い傘も、雨が上がれば邪魔なものになってしまう。
人間は、強い存在な時は自分勝手な存在です。



しかし、どんなに優秀で、強い人間であっても、いつかは歳を取り、ヨボヨボになり、弱い存在となり死んでいく。 いつかは弱い存在になるのです。

ほとんどの人が自分の老いを意識して人生設計していない。

私の父は、優秀で強い外科医でした。 他人の力に頼らず、他人のことを信じず、全てを自分の力で行わないと気が済まない父でした。 ですけれど、優秀で強い外科医であった父も年老いて、呆けて、弱い存在となり、沈んでいきました。
自分の老いを意識していなかったのです。

100%の死亡率、事故や癌で死ななければ、いつかは加齢に伴う老いが襲ってきてヨボヨボ状態となり、弱い存在となるものです。

人間は一人ぼっちで生きて行くことはつらいです。
「人」という字、木片が互いに支えあうように、人と人とが互いに支えあっている。
文化、宗教、考え方が多少違っていても、互いの尊厳を認め合い、人と人とのつながりを大切にする 「絆」を、私たちは育てて行かなければなりません。

そのためにも 教育が大切です。

2015年3月12日(木)

石巻へボランティア

東日本大震災のボランティアとして3回、宮城県石巻へ行きました。 3回のうち2回は医療ボランティアとして、1回は炊き出しボランティアとして行きました。 ともに千倉を夜に出発し、車にて翌早朝に現地に入り活動をしました。

1回目は、被災後3週間ほど経ってから、被災者の生活状況と健康状態を把握するために行きました。 幹線道路のガレキが撤去され、自宅近くまで行けるようになった頃で、久しぶりに家に帰ってみたら 見知らぬ人が住んでいた! とか、泥棒が入っていた! なんて話がありました。

テレビでは壊れた学校、流された車、ガレキの山などが放映されていましたが、現場に入るとテレビでは 表現することができない魚の腐ったような異臭とホコリが襲ってきました。
数日我慢すれば元の平穏な日常に戻れると私たちは我慢しましたが、被災者は出口の見えない避難所暮らしを しなければならなく、肉体的にも精神的にも疲労が蓄積していました。

被災者に尋ねた。
「困ることはないですか?」という質問に「大丈夫!」と答える。
「食べ物に困っていないですか?」という質問に「大丈夫!」と答える。

毎食、毎食、おにぎりとお茶。食べることができるだけで十分有難い。贅沢は言えない。
と文句も言わず我慢している。栄養的にもバランスが悪く、野菜が少なく、タンパク質も不足している。

それならば、南房総の野菜と娘の夢(ゆめ)が大好きな卵掛けご飯を食べてもらおうと、少しばかりのお花も一緒に炊き出しに行きました。


医師として医療ボランティアをしに行きましたが、振り返ると地元の医療者との協働をしながらのボランティア活動ではなく、外から入ってきた医療者だけでの勝手ボランティアであったような気がします。
現在、私の先輩が現地で地域医療を展開しており、友人も被災地へ移住し行政と共に地域復興のお手伝いをしています。

この夏、家族全員で石巻へ その後の検証をしに行きます。

2015年3月11日(水)

3.11 あの日

あの日、2011年3月11日 午後2時46分、私は往診で101歳のお婆ちゃんを診察している時に東日本大震災が起こりました。 妙に長い、大きな地震だったことを覚えています。
101歳のお婆ちゃん、当院では「タ・カ・ラ・モ・ノ」と呼ばれているのですが、 「こんなに大きな地震、関東大震災以来久しぶり!」と。 関東大震災は大正12年に起きていますので、101歳のタカラモノが13歳の時に被災したことになります。生き証人です。

私の診療所は海からすぐの、海抜5メートルほどの所に建っています。
往診から戻ってテレビを観たら、地震、津波警報を知らせるニュースがながれ、次第に震災の映像が映し出され、 とんでもないことが起きていることを知りました。

昨日までご飯を一緒に食べていた家族が流されていった。
昨日まで仕事場で一緒に働いていた仲間が流されていった。

おぼれる娘の手を必死に握った母の手、スルッと母の手から離れ、娘が流されていく。。。
つらい、つらい、つらい。

災害は世界中のいたるところで起きている。私たちがいる、今この場所で災害が起きてもおかしくない。 なのに、東日本、とくに東北地方に大きな被害が起きた。

平穏な日常の有難さ、何もないことの有難さを教えてくれた。
家族の大切さを教えてくれた。人と人とのつながりの大切さを教えてくれた。
日頃、気が付かないこと、何が大切なことかを教えてくれた。

しかし、それにしても被害が大きすぎる。

私たちのいのちは、誰かの犠牲の上で、守られている。
私たちのいのちの身代わりになってくれた被災者に申し訳なく思う。
だから、あなたたちを支えます。これからも、笑顔が少しでも集まるよう支えます。

2015年3月10日(火)

しあわせのまとめ

「しあわせ」シリーズでお話をしてきました。そのまとめをしてみたいと思います。

人生の最大の目的は、しあわせになること。
でも、自分一人が幸せになることができない。まずは、周囲にしあわせをプレゼントしよう。

しあわせは、求めるものでもなく、つくるものでもない。自分の身の回りに落ちていることに気付き、たくさん拾い上げ、そして噛みしめるもの。

幸せへの感受性を上げよう。そのためには感謝の心、謙虚さ、思いやりの深さが必要。
空腹にまさる美味しいスパイスはない! 雨が降って困っている時に傘を貸してくれるのは有難い。 困っている時に差し出してくれる手は温かい。
「豊かさ」を求めて、あえて、「貧しさ」を求める時代になっているのかもしれない。

物質的豊かさを求めるのではなく、精神的豊かさを求める時代になった。
そのためには教育が大切である。特に、地域につながっている地域教育の要である小学校教育が大切だと思う。 だから、私は千倉小学校に参画する。
教育は、武器を持つ必要のない、最大の国防政策。

憲法9条は、私たちの子孫に受け継ぐべき世界遺産である。

平凡な毎日に感謝し、何もないことを有難く思う。
絆、家族が大切であり、人のつながりが大切である。
誰かの犠牲の上で、私たちのいのちは守られている。

そんなことを、東日本大震災が教えてくれました。

2015年3月9日(月)

The best spice is hungry.

思わず笑っちゃう、思い出に残る美味しい料理って何ですか?
私は、海岸でとれたての、海の香りの塩水が付いたムラサキウニを食べた時、
フォアグラのスープ、エスプレッソに漬けたファアグラのソテーを食べた時、
学生時代に食べた梅ヶ丘のいくら丼、築地朝市で食べた鮭のハラス巻き、
それ以外にも、たくさんあります。

あの時食べたものを、もう一度、食べてみたら
あら? こんなもんだったかな・・・と思う経験もありませんか。

私の中学時代は、クラブ活動中に水分摂取は禁止になっていました。
夏のクソ熱い練習が終わって、われ先に走って行った学校の生温い水道水。うまかった。
今、その水道水を飲む気にはなれません。同じ水道水なのに、飲む側の状態で美味しさが異なってきます。 喉の渇きが、最高のスパイスです。

今は、ランニングした後はアルコールに代わっているでしょうか。 体重の2%の汗をかき、まずはウィスキーハイボールを一気に飲み干し、ワインにうつって行きます。

この週末、中学、高校の時の同級生と近くにオープンになったバリ風イタリアンレストランへ美味しい料理を食べに行きました。 中学からの、利害関係のない、お互いに人に言えない過去を知っているんだぞぉ~という昔ながらの友人同士ですので、 気心知れあい、アッパレ!と褒められたり、喝!と叱られたりと、本音の楽しいひと時を過ごしました。

美味しい料理に、友人と囲みながら楽しい会話と、その日の昼食を摂らずの空腹も加わり、最高のしあわせを感じた 夕食になりました。感謝。

2015年3月8日(日)

人生の目的は何ですか

「人生の目的は何ですか?」と質問されたら「しあわせになること!」と答えるだろう。
でも、自分一人だけがしあわせになることができるのだろうか。
周囲の人もしあわせにならなければ、決して自分自身もしあわせになることができないと思う。 だから、しあわせを周りの人にあげるようにしようと娘たちには伝えている。

若くして脳梗塞に倒れ、右片麻痺、失語症、聴力障害を持った 表現画家 たけ さん(※外部リンク)が、「しあわせは 気づくもの」と言う。 しあわせは、アチコチに落ちているものだろう。 それを探し出して、見つけて、たくさん拾おう。そして、思いっきり噛みしめて味わおう。

自分自身のありようが大切なんですね。たけさん、教えてくれて有難う。
また、東日本大震災から多くのことを学びました。

平凡な毎日に感謝し、何もないことに感謝し、毎日を一生懸命に生きよう。
毎日、そばにいる家族に感謝しよう。
毎日、元気に働くことができることに感謝しよう。
そして、空気中の酸素に感謝しよう。

あと、しあわせに対する感受性を高めたい。
100%のしあわせを200%のしあわせに膨らませたい。
小さなしあわせを、大きな、地球のようなしあわせに感じたい。

2015年3月7日(土)

幸せとは

気づいてほしい あなたの幸せは
目が見えること 耳が聞けること
話をできること 手が動くこと
足で歩けること 呼吸ができること
心臓が動くこと うんこもできること
事故も起きず 大きな病気もせず
何事も特別なことが起きず
なんでもないことが とても幸せなこと
今の幸せを数えたら きっと数えきれない
幸せとは 手に入れるものでなく 望むものでなく
気づくもの


※表現画家 たけ さんの作品「幸せとは」より。

2015年3月6日(金)

しあわせ大国へ

10年以上前、ある新聞社が「あなたの国は'○'ですか? '×'ですか?」というアンケートを世界の各国にしていました。 日本はワースト3。ワースト1はロシア、ワースト2は韓国でした。
逆に、一番'○'が多かった国はタイ、そしてデンマークなどの北欧、アメリカ、フランスなどが続いていました。


 日本、お金持ちかどうか? は、お金持ちで'○'
 便利な国かどうか? は、便利で'○'
 衛生的であるかどうか? は、衛生的で'○'
 教育的であるかどうか? は、教育的で'○'
 安全な国であるかどうか? は、安全で'◎'

日本、'○'がいっぱい、ときどき'◎'な国なのに、国民は二重'×'。

 タイ、お金持ちかどうか? は、お金持ちになりかけているけど、まだ貧乏で'×'
 便利な国かどうか? は、まだ便利ではないので'×'
 衛生的であるかどうか? は、まだ衛生的ではないので'×'
 教育的であるかどうか? は、まだ教育発展中なので'×'
 安全な国であるかどうか? は、日本ほど安全ではないので'△'

タイ、'×'がいっぱい、ときどき'△'な国なのに、国民は二重'◎'。

日本とタイ、どちらの方が幸せな国なのだろうか?
どちらの国の方を目指すべきなのか?

物質的な豊かさだけを求めても、足りないところを探しては不平不満を言うのだろう。
これからは、精神的な豊かさを求めて行かなければならないだろう。
そのためには 教育が大切だと考えるようになりました。
教育は、武器を持つ必要のない、国の最大の国防政策です。

2015年3月5日(木)

これでいいの?(3)

経済大国日本、国民総生産額は世界第3位。
でも、これって今の高齢者がわが身を削って働きまくってくれたおかげ・遺産だと思う。 一人あたりの国民総生産高は、かつて世界第3位、現在世界26位。ドンドン落ちて行っています。
これでいいの?
高校卒業して就職し、3年以内の離職率は50%を超えているとのこと。
大学卒業して就職し、3年以内の離職率は30%を超えているとのこと。
昔は、学校を卒業したら定年になるまで勤め上げる。 たとえ不条理なことを上司から言われても、我慢して指示に従う。仕事を辞めたら給料もらえず、生きていけないから。 現在、ものの数ヶ月働いただけで、自分に合っていないと辞めて行く。特に大きな理由のないことも多い。 辞めても親の保護のもとで生きて行くことができるから。フリーターとかニートと呼ばれ、市民権を得ている?
これでいいの?

日本、1億総中流と言われていた。大金持ちではないが、生きて行くことには困らない。
現在の貧困率はOECD 30ヶ国の中でメキシコがワースト、トルコが2番目、アメリカが3番目、そして日本が4番目に高い。 貧困の格差が拡大している。
日本の子供の貧困層は6人に1人。子どもの貧困率は悪化し続けている。
これでいいの?

子どもたちが集まると野球が始まり・・・。いや、集まって沈黙の中でゲームが始まる。
娘の夢に「ゲームは時間ドロボウ」と言ってゲーム機を持たせていない。 「ゲーム機を持っていない友達をさがし、遊んだら」と言うと、「ゲーム機を持っていない友達はいないよ!」と。 本当に子どもの貧困は6人に1人? ゲーム機をもっているのに貧困な子供たち?
これでいいの?

知人の子どもが大学進学するに当たり、親は資格を取るために薬学部を、 子どもは血を見ることが嫌いなので文科系学部を望んでいる。 「結局、親の言うことを聞いてくれないんだよねぇ~」っと文科系学部へ。誰がお金を出すの? 誰が子どもを守るの?
子どもが、自分の夢を実現するために親を説得するものでは。
これでいいの?

細かいことを言えばきりがない。ただ、言えるのは、日本は向かうべき方向へ向かっていないということ。 しあわせへの道を歩んでいないということ。
汗をかき努力しましょう! 涙を流して優しくなりましょう!
知恵を出して幸せを感じられる社会を創りましょう!

2015年3月4日(水)

これでいいの?(2)

ガソリンが130円/L。
約46億年の地球の歳をかけて作られた化石燃料をこの100年で使い切ってしまおうとしている。 46億年を1日・24時間に例えると、100年はまばたきする瞬間よりも短い。その一瞬で大切なガソリンを使い切っていいの?
「お~い お○」 160円/500ml ⇒ 320円/L(2.5倍高い)
「ペ○エ」    210円/330ml ⇒ 630円/L(5倍高い)
これでいいの?

Are you happy?
日本は、世界長寿No.1、GNP世界3位。長生きでお金持ちの日本、世界は日本に憧れている。 しかし、日本人は足りないものを一生懸命に探し、不平不満を言っている。
「Are you happy?」という質問に「Yes」と答えられる日本人は半分チョッと。世界75位。
これでいいの?

将来の夢は?
テレビで小学校5年生の男の子に「将来の夢は?」というインタビューをして 「お金持ちになること!」と答えている。横には親が立っている。
これでいいの?

お金持ちでも幸せを感じていない人たちはたくさんいる。お金がなくても幸せを感じている人がいる。 おそらく、お金を持っていた方が幸せを感じるチャンスは多いのだろうけど。
「お金持ちになること!」と言った男の子が悪いのではない。 その男の子に知恵と生きる目的を伝えない周囲の人間が悪い。それではまずいという病識を持たせない社会が悪い。

子どもたちが幸せになってもらいたい。切に願う。

2015年3月3日(火)

これでいいの?(1)

タバコを禁止できない!
タバコ、かつては嗜好品であり税金収入の源であった。
現在、少子高齢、高齢多死、タバコは明らかに毒とわかっているのに販売停止できない。
これでいいの?

このままだと地球は融けちゃう!
オゾン、CO2などを排出することにより地球温暖化が進行する。北極、南極の氷のおかげで気温上昇が緩衝されている。 その氷が減り、無くなっちゃったら、地球の気温は急速に高くなり、地球はどうなっちゃうんだろうか?まずい!

少子高齢社会が続くとパワーダウン!
すでに少子高齢化が進行し、生まれる人数より亡くなる人数のほうが多いDown sizing・人口減少の日本。 この状態が続くと100年後には人口が今の半分になるだけでなく、子どもたちの少ない爺ちゃん婆ちゃんだらけの日本になる。 当然、経済活動、社会活力が低下し、年金制度も破綻しているのは目に見えている。だが、出生率は変化ない。
これでいいの? 子育て支援も大切だけど、子作り支援のほうが大切かも。

いまでも戦争は続いている!
明らかに戦争は良くないと全ての人が言っているのに、世界のどこかで内紛、戦争が起きている。 報復の連鎖では平和を導くことができない。パレスチナが石ころを投げると、イスラエルがロケットを打ち、やり返す。 圧倒的な力の差があっても、60年以上紛争は続き、解決の糸口が見えない。

問題が明らかに分かっており、進むべき方向もわかっているのに、問題を解決することができない人間。 理性でコントロールすることができなく、強欲に振り回されてしまう人間。
「人間は賢いのか? アホなのか?」と聞かれたら、「当然、アホでしょう!」と答える。
これでいいの?

私は医師ですので、いのちの大切さにこだわりたい。

憲法9条は、当然、守るべきもの。

2015年3月2日(月)

あなたに誓う

去年の夏、2014年の夏、千倉に3人の学生が地域包括ケアの勉強に来ました。
城西国際大学の学生で、看護学生、薬学生、社会福祉を目指す3人です。
目の前の患者さんの笑顔を、しあわせを求めて、医師、歯科医師、看護師、薬剤師、ケアスタッフ、セラピスト、 相談員、管理栄養士などの多職種が協働して行うチームケアです。 当法人では地域包括ケアをゴチャマゼ・ケアと言い、きれいな光がたくさん集まり、どこまでも無色透明な光となる チームケアを目指し実践しています。その現場を紹介しました。

その実習が終わって2ヶ月ほど経って、ミスターチルドレンの曲が入ったIPE学生実習のDVDをプレゼントされました。 映像に音楽が入ると、DVDに生きた魂が宿ります。ほとんど会話ができない認知症の人でも童謡を聴いて歌い始めるように、 音楽にはミラクルパワーがあります。たった6分チョッとのDVDなのに、涙が出ます。

IPE学生実習は様々な人の協力を得て行われていました。
そのDVDの中に写っている20代の女性が若くして病で亡くなっていることを、今日知りました。。。。。 彼女の上司からのメールで知ったのです。



そのDVDをもう一度見直しました。
かわいらしい笑顔と魂を削りながらの姿に、涙を流しました。
忘れません。あなたの遺志をつなぎます。安らかにお眠りください。

2015年3月1日(日)

3月、弥生、March

本日から3月が始まりました。外では雨と強い風が吹いています。春の嵐です。
三寒四温、一雨ごとに温かくなる季節。桜の匂いもしないけれど、桜の季節まであと少しとなりました。 楽しみです。しかし、一緒に吹くスギ花粉にも悩まされます。

松永醫院は、この5月頃からスギ花粉の舌下免疫療法を開始する予定です。
効果が出て来るのに2年以上の治療が必要で、アナフィラキシーショックを注意しなければなりません。 まず、被験者は私自身となります。

3月3日はお雛様、当院外来フォーラムにドーンと飾られています。
片付けはゆっくりと行う予定です。急ぐ必要はないのです。
片付けないという選択肢もあるのですが、一応、片付けます。

3月15日は確定申告締切日、山陽新幹線開通日、そして私の誕生日です。
その前の3月14日はホワイトデー。10倍返しを目論むが・・・。

3月は気合を入れます。どのように気合を入れるかはお楽しみに。
やらなければならないことが沢山あります。
やらなければと思いながら、今までどのくらい実行できたのかな。
今までの調子で人生を走って行って良いのかな。。。
その真価が問われる3月となります。

家族は、サーティワンでお茶をしたようです。本日、31%引きの大行列だそうです。

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