新型コロナとの闘いで勝つことはできなく、新型コロナとの共存を目指すべきでしょう。
新型コロナを恐れ過ぎると経済が止まり、甘く見ると犠牲者が増えてしまいます。
命と経済の両立が、これから図るべきことです。でも、迷ったら命を守ることを選択した方が良いでしょう。
マスクもつけず、Cafeもオープンしているスウェーデンは、方針が間違っていたとして感染対策を強化しました。ブラジルの大統領は普通の風邪と一緒だ!経済活動は続けろ!と言い、高齢者、貧困者が大勢亡くなっています。でも、ブラジル大統領は頑固にも方針転換しようとはしていません。
私が言い続けていることは二つ
・感染ピークを低くし、後ろにずらし、ワクチンを待ち、優しくかかる
・高齢者など、いのち弱き人の命を守る
また、私は老人保健施設「夢くらぶ」を運営し、在宅医療にも力を入れていますので、高齢者の命をいかに守るかを考えています。しかし、私の考えと医療の流れとが食い違っているところがあります。独りでは生きて行けない人へのマインドの問題となります。
私の母校である東京医科歯科大学が積極的に新型コロナ対策をする医療機関として頑張っており、ブルーインパルスが病院上空を飛び、医療者応援をしていただきました。新型コロナ対応の医療者は、感染の恐怖と闘いながら、家族とも離れながら、疲労困憊となりながらも頑張っております。
独りでは生きて行けない在宅患者さん、施設入所している高齢者が新型コロナに感染して病院に入院したら、ただでも忙しいのにオムツ交換などのケアが必要となり医療崩壊につながってしまう。だから、施設に留まって治療するべきであるという意見があります。
この意見は、間違っています。見えない相手と闘うことは、尋常ならないことだからです。
ダイヤモンドプリンセス号でいつまでもダラダラ感染拡大が続いていましたが、日本のプロたちが感染コントロールしようとしてもできない「見えない相手と闘う」難しさを思い知らされました。
感染症のプロたちでもコントロールするのが難しいのに、感染症の知識の少ないケアスタッフがガウンを着るFull PPE装備をしたとしても2次感染を防御することはできないでしょう。つまり、施設で新型コロナを対処しようとすると必ず2次感染が起こり、結局メガクラスターとなり被害者が増えます。
高齢者は急変して重症化し易く、致死率が高いです。独りでは生きて行けない虚弱高齢者はなおさら重症化し易いので早くの治療開始が必要であり、ケアという濃厚接触が必要なので2次感染を予防するために、新型コロナにかかったら医療機関に入院させる必要があります。
北海道札幌の老人保健施設茨戸アカシアハイツ(入所定員100人)に入所している人の71人が新型コロナに感染し、十数名が施設内で亡くなられたと報じられています。明らかに行政の誘導ミスだと考えます。介護施設内でみて行こうとしたためスーパー・メガ・クラスターにさせてしまったのです。
私どもの老人保健施設で新型コロナが発生したら、とにかく何が何でも病院へ入院させます。老衰状態で最期は夢くらぶでと約束した入所者であっても新型コロナは別格で病院に入院していただきます。施設で看取ろうとしたら2次感染が起き、クラスター感染が起こり、より多くの犠牲者が増えてしまうからです。
医療崩壊以上に介護崩壊を憂えています。施設で新型コロナ感染をみようと思うと必ず2次感染が起こり、まず看護師全員が危ないと逃げて行きます。残ったケアスタッフも、家族の反対にあい一人一人辞めて行くことになるでしょう。そしてケアスタッフは異業種に転職し、ますます介護崩壊が進行するでしょう。
もし在宅で新型コロナが発生したら、訪問系、通所系の介護サービス全部がストップします。ですので、基本的に全員が入院となるでしょう。ただ、自宅で最期を迎えさせたいと家族が考え、家族だけで看る覚悟がある場合には、自宅で療養する選択肢は残るでしょう。
問題は介護者が新型コロナにかかった場合、要介護状態の高齢者は濃厚接触者となります。
その場合、どこでケアを受けて、どこで療養するかが問題となります。やはり訪問系、通所系の在宅ケアの提供はストップしますので、コロナグレーですが入院させていただければ有難いと考えています。
2020年6月21日(日曜日)は、一年で最も太陽が高く昼の長い日・夏至でもあり、6月の第3日曜日なので父の日でもあり、なんと日食の日でもありました。おそらく100年に1回どころではなく、1000年1回ぐらいの珍しい日だと思います。
日の出が午前4時半ごろ、日の入りが午後7時ころ、太陽が出ている時間は14時間半ほど。
午前4時ころには空が明るくなってきており、午後7時半ごろまで明るいので、昼の時間は15時間ほどになるでしょうか。白夜、憧れの言葉です。ノルウェーかアイスランドへ一度は行ってみたいです。
日食は、太陽、月、地球と一直線に並び、月の影で太陽が見えなくなります。
今回は部分日食でしたが、完全日食が日本から見られるのは今から10年以上未来。私が70歳を過ぎて、妻と一緒に2泊3日のクルージングへ行き、雲一つない太平洋の海原で観る決意をしています。
そして、父の日。みなさんは、頑張っているお父さんに何かプレゼントしましたか。
母の日はクリスマスに匹敵する商戦の日。それに対して、父の日はへのカッパ状態です。
私は、ユメとココロにだいぶ前からプレッシャーをかけていました。
来ました。サンタさんの親戚のヘータさんにプレゼントが来ました。
父の日の夕食に、小弁当が届きました。
ご主人様からはマイ刺身皿が1枚、ユメからは料理ポット、ココロからはお手紙が届きました。
早速、料理ポットで夏野菜無水シチューを作りました。水を加えず、野菜だけでシチューを作りましたが、野菜の甘み、旨みが凝縮していました。今回、ズッキーニにチャレンジしてみましたが予想通りに美味しかったですよ。明日はカレールーを加えてカレーライスになっていることでしょう。
かつて体重が84Kg以上に太ってしまい、これはマズイと考え厳密な糖質制限をしたところアルコール飲みながらも1か月チョッとで10Kgのダイエットに簡単に成功しました。目標体重を72Kgと決めていましたので、あと2Kg減らせば達成するはず。。。が、あれから4年が経ちました。
ウィークデイで体重を2Kg減らして74Kgに、ウィークエンドでガッチリ飲んで食べて76Kgに戻ることを繰り返しながら、次第にベースが74Kgから77Kgへと3Kg太ってしまいました。
やっぱり人間は弱い。思うようになれません。
人間は自分に対してグウタラになってしまいますが、でも、人のためには頑張っちゃう動物です。困っている人がいれば温もりある手を差し伸べる、そんな優しさもあります。人間の優しさという本能を成長させる社会を創りたいです。そのためには、教育が大切になるのでしょう。
この1か月、体重を減らすと娘のユメと決意しました。おかげで、体重が4Kg減り73Kgとなりました。目標の72Kgまであと1Kg、おそらく今回は目標達成することができるでしょう。
二十歳の頃、痩せの大喰いで体重が確か65Kgほど。だから、目標を70Kgにしても良いかも。
緩やかなる糖質制限・ロカボし、サンキュージョギングときにコロナ超えジョギングで目標達成です。おかげで、血圧が10mmHgほど低くなりました。睡眠の質も良くなりました。
自分のためならグウタラになっちゃいます。でも、人のためにならいくらでも頑張っちゃいます。
ほんと、医者になって良かったです。救われます。
本日、早朝、98歳のおバアちゃんをご自宅で看取りました。
良い最期だったと思います。良い人生だったとも思います。
息子夫婦と三人暮らし、嫁の目が真っ赤で「お世話になりました。」と微笑んでいたのが印象的でした。
日中離床、昼間はベッドから離れて過ごしてくださいね!と往診のたびに伝えていましたが、必ずベッドで寝て待っていました。ベッドで診察するのは死ぬ1種間前からだからと言い、起きて居間まで肘乗せ歩行器で移動していただき毎回診察しました。
在宅医療、Home CareとかHome Medicineと呼びます。しかし、私にとって在宅はHomeではなくAwayとなります。病院では「ハイ」と言っていた患者さんが自宅に戻ると「あんがぁ!NO!」と言い始めコントロール不良となるからです。まあ、それが在宅医療の面白いところでもあるのですが。。。
98歳のおバアちゃん、2週間前まではトイレへ行き、1週間前からは口から摂ることは困難となり、枯れて行きました。途中家族から点滴の依頼があったので点滴を数日少しだけ行い、その週末に孫、親戚と最後のお別れをしました。
息子は日中仕事をし、毎日、不眠不休で最後の介護に頑張ったのが嫁でした。
ご本人はご自宅で最期を希望し、それを聞いた嫁たちも自宅で最期を看取りたいと希望し、それを訪問看護師たちが支えてきました。無色透明のチームケアが行われたのです。
最後の1週間に最期の親孝行を行い、疲れ切ったと思います。
でも、その疲れのおかげで最後に目を真っ赤にしながら涙を流し、笑顔で見送ることができたと思うのです。やることはやったという疲れが癒してくれて、死んでも生きているという世界を作ります。
私の仕事は、QOLを上げて、QODを求めること。つまり、満足死を求めること。
QOLとはQuality Of Lifeのこと。そして、QODとはQuality Of Deathのこと。
良い人生が送れるよう命を支え、良い最期だったねと満足死を達成することが私のMissionです。
より高き満足死を達成するためには、家族が程よく疲れ切ることが大切だと考えています。
だから、施設より在宅で看取るほうが満足死を達成する確率が高いと考えています。
その早朝、みんなで看取った後、外に出たら空は朝日前のうっすら白輝きになっていました。
それにしても、訪問看護師さんには感謝します。
訪問看護なしの在宅は、ありえません。
訪問看護なしの私自身も、ありえません。
6月、始まったばかりなのに看取った人は3人です。
2人は在宅で看取り、1人は施設で看取りました。
95歳のおジイちゃん、娘さんが私と同級生。
彼女とは45年ぶりに会いました。つまり、中学卒業以来の再会です。
彼女はバスケット部、私は卓球部。同じ体育館で練習をしていましたが話したことはなかったです。
彼女の名前は、なんとなく憶えていました。
なぜならば、違うクラスで、話したこともない女子の中で、彼女が一番 可愛かったから。
青春などなかった少年平太の小さなドキドキを思い出したような気がしました。
95歳のおジイちゃん、廃用症候群で足腰が弱くなっていると判断し、元気になるために老人保健施設夢くらぶへリハビリ合宿に行ってもらいました。はじめは笑顔も増え、お風呂にも入り、食べられなかったのが少しは食べることができるようになりました。みんなで喜びました。
しかし、しばらくすると期待しているほど元気になることができず、かえって目を閉じる時間が増えて行きました。歳で寿命が来ているのかもしれないと考え、自宅へ戻りました。
そして、連日デイサービスおかげさまを利用し、元気になるよう、毎日診察と報告を受けたのです。
スタッフ、かなり頑張ってくれました。しかし、思うように元気になりませんでした。
ある朝、呼吸状態が変であるという知らせを訪問看護師から報告を受け、おかげさまを休んでいただきました。そしてその数時間後、ロウソクの火が消えるようにス~っと命が途絶えました。
私のMission、QODを上げること、満足死を達成することです。
いい最期だったねと言われ、死んでも生きている存在になっていただきたい。
診たら死ぬまで看る。命を支え、命が輝くケアを提供する。それが、開業医の魂です。