~ 理事長のブログ ~

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2018年08月29日(水)

2018年8月を振り返り

2018年8月が終ろうとしています。今年の8月も暑かった。。。
千倉は太平洋に面している南北に細長い街です。太平洋から太陽が昇りますので、日本一朝日が綺麗な街です。 そして、山に日が沈んでいきますので夜が少し早いかな。

当然、海洋性気候ですので日中でも木陰に入り、風が吹けば涼やか・・・なはずが
今年は違っていました。今まで経験したことがないような35℃と猛暑日があり、夜も気温が下がらず30℃弱の熱帯夜が続きました。

ですので、連日、連夜、エアコンをつけて休みました。
こんな贅沢、生まれて初めて!ってなことを言っている場合ではありません。
それなりに歳を取ってきた私が猛暑を乗り切るためには、良質の睡眠を取る必要があります。



2018年8月、いろいろありました。
朝7時からのラジオ体操に出て、亀田メディカルセンターからの優秀なヤングドクターが地域医療の研修に来て開業医のこころを伝え、城西国際大学からの優秀な学生さんたちが無色透明のゴチャマゼケアを学びに来てチームケアの大切さを伝えました。

講演活動もしました。10年未来の生命(いのち)を守ることを伝えました。
生命(いのち)の不思議さ、大切さ、老いて行く現実も伝えました。
生まれてきた以上必ず死にます。そのいのちの流れを大切にしなければなりません。

過去があって、今があり、未来が生まれてきます。
そのいのちの源であるおジイちゃん、おバアちゃんを大切にしなければなりませんし
未来が広がる無色透明の子ども達に辛い時には「助けて!」と言う勇気を持とうと言いました。

自分の思いを言いまくった8月となりました。



日本橋、人形町、水天宮に詳しくなった8月でもあります。
中学3年生になった娘の塾の関係で通ったのですが、日本橋三越と人形町今半と水天宮の位置関係が見えてきました。 お江戸の下町を、夜、徘徊しました。

昨夜は銀座も徘徊しました。夜の銀座、メッチャ明るくて暗いです。
ビルの谷間に、というかビルの屋上に緑の木々が乱立し、綺麗な灯りと音楽が鳴り響き、都会の真ん中とは思えない壮大な空間が広がっていました。




緩やかなる糖質制限をしている私は、ラーメン食しました。替え玉までしました。
焼き肉弁当食しました。松阪牛の濃厚焼き肉弁当、日本一、世界一、地球一です。
木更津アウトレットでも長蛇の列、本場日本橋の天丼、コストパフォーマンス最幸!











そして、8月の最大のエピソードが硝子体出血。
突然、右目が見えなくなる経験をし、患者さんの気持ちが理解できるようになりました。
視力が悪くなるばかりで不安となり、手術も視野に入れて、亀田クリニックに通っています。

8月も終り。みなさん、夏休みの宿題は終りました?
学生時代を振り返り、夏休みの宿題をしていない私は8月31日には金縛り状態、9月1日の放課後から居残りで宿題をやっていました。

末娘の千倉小3年生の心優が、夏休みの自由研究で「松永家のルーツ」を調べてくれました。
おおもとのルーツは佐賀県塩田市で、先祖様は長崎と東京を中心に活動していたようです。
心優が、私の兄妹に、叔母にインタビューし、ファミリーヒストリーを書いてくれたのです。



最大の驚きは私の曾祖父ちゃんはオランダ人とのハーフであること。
ということは、私がオランダの16分の1、子ども達が32分の1の血を持っていることを確認したことでした。 これからカステラをたくさん食べなくっちゃっ!




2018年08月26日(日)

ゴチャマゼ2018

千葉で地域包括診療に関する、かかりつけ医の勉強会が一日中あるのを止め、自宅にいます。
疲れが溜まっているのと右目の調子が悪いからです。右目、視力0.1以下、グー・パーが良くわかりません。 突然の視力低下、具合が悪くなっていることに不安となっています。

工夫します。

先週は亀田メディカルセンターから西先生、松原先生が来て下さいました。
亀田メディカルセンターの研修医コースとしては、SコースとGコースと私が勝手に言っているのですが、Specialist CourseとGeneralist Courseがあります。

Sコースの松原先生が一日コースで、Gコースの西先生が三日間コースで来ました。
二人とも朝7時からのラジオ体操に参加していただきました。 ラジオ体操に参加した研修医は西先生と松原先生方が初めてです。寝坊もせず、ご苦労様でした。



松原先生は、一日だけ病院外研修をするために複数医療機関を提示されたそうですが、その中で松永醫院を選んでくれたとのこと。蟻が十匹!っです。最期には笑顔グループの幹部会まで参加していただき、「右手に論語、左手にはソロバン」の精神を伝えたつもりです。

私が、もし研修医をもう一度するなら亀田メディカルセンターのGコースを選びます。
ベッド数がそお多くなく給食を作ってくれたおばちゃんの顔が見える大きさが良いこと、
いろいろな疾患が見える混合病棟であること、地域に出て行って在宅医療や予防活動もできるからです。

西先生には、病院の窓から見えない風景、病院の中に届かない声があることを伝えたつもりです。 目の前の患者さんの今の生命(いのち)を守るだけでなく、10年未来の生命(いのち)を守るスピリッツを伝えました。西先生は感じ取ってくれました。

西先生、私と同じ薬学部を卒業し、医師になっています。私と同じような道を辿っています。
西先生は優秀なので薬剤師、私は落ちこぼれだったので薬学士です。
その西先生からは金の助言をいただきました。有難うございます。



今週は城西国際大学の学生さんたち5人が来ました。 IPE実習という多職種連携実習、チームケアの実習でゴチャマゼケアをお見せしました。 無色透明のゴチャマゼケアを提供している松永醫院は人気の研修場所となっているそうです。

松永醫院での研修希望者は24人で、その内の選ばれた5人が来られ、薬学部2人、看護学部2人、福祉総合学部1人となっています。私の外来風景を見てもらい、在宅医療も同行してもらい、在宅サービスや特別養護老人ホーム、老人保健施設の施設にも案内しました。



人生というドライブをする際、車の両輪である医療保険と介護保険の連動が大切であり、運転しているご本人の意志を大切にすることを伝えました。(自己決定の尊重)
少しでも魂が輝くように、QOLが高まるように、笑顔を求めて頑張ろうと伝えました。

そして、乗り心地の良い人生のドライブをしていただき、シフトダウンしながら人生を終える時に満足死QODを達成することが目標だとも伝えました。
そのためにもチームケアが大切で、多職種連携が大切です。



そんな無色透明のゴチャマゼケアを伝えました。
また、10年後戻ってきてね。
みんな、死なないで待っているよ。



土曜日、8月25日、館山にある南総文化ホールで「いのちの流れ」という題で高校生にお話をしました。 インターアクトというボランティア活動をしている高校生たちにです。
生きること、生命の不思議さを伝え、老いて行く、ボケて枯れて行くことを伝えました。

笑顔グループには俳優がイッパイいます。今回、定年後に来られたスタッフの女優デビューにもなりました。 俳優であるスタッフが、いつ練習しているのかわからないのですが、認知症の寸劇、小(笑)劇を3つ高校生に披露しました。そしてその後にコグニサイズという運動をしました。

最後に平和の尊さ、人生の目的、辛と幸の大切さなどを無色透明の高校生に伝えました。

インターネットが使えないことが判明して大慌てしているところに日頃飄々としている男優・渡邊くんが「こんなのがありますよ」と言ってユーチューブを使えるようにしてくれたり、劇団「ゆめびと座」でボランティア活動してくれる仲間に囲まれながら、幸せな一時を過ごしました。

「一人の百歩」より「百人の一歩」。
幸せをドンドン周りに配り回そうね。ドンドン社会貢献しようね。
そうすることにより、地域はいっそう幸せになり、私たちも幸せになれるよね。

目の調子が悪いもので、本を読む気にはなれず、勉強もおろそかになっています。
このブログにもブレーキがかかっています。
でも、続けますね。ですので気を長くしてお待ち下さい。

2018年08月15日(水)

熱い思い

8月13日から15日までのお盆、松永醫院は夏休みにしております。
今年は、8月11日が土曜日ですが山の日で祝日、8月12日が日曜日となるので、全部で5日連続のお休みとなります。 患者さんには申し訳ないです。



患者さんには申し訳ないから、私の携帯電話の番号はオープンにしており、何かあれば電話連絡しても良いことにしています。10年以上前からオープンしていますが、最初携帯電話の番号をオープンにするべきかどうか迷いました。寝る間も無くなるのでは・・・と。

実地医家の会という意識の高い開業医の集まる会で、尊敬する大先輩である永井友二郎先生から「松永先生、あなたは開業医なのだから、寝る間を惜しんで、24時間365日患者さんのために尽くしなさい。」と言われました。

逆らうことのできない場面であり、「頑張ります!」と言うしかない場面ですが、開業医として頑張っていこうという覚悟ができた場面でもありました。開業医は常に患者さんのために尽くすもの。だから、一日32時間、365日、患者さんのために尽くそうと決めました。

開業医の本道は、診療所と住居が同じことです。常に患者さんに窓を開けておくことが大切。
しかし、私は9年前に松永醫院を移転リニューアルしたため、住む所と診療所が車で数分の所に分離させてしまいました。

申し訳ない。
だからこそ、携帯電話の番号をオープンにしています。
房総半島の先っちょ、南房総市にある千倉町という片田舎で町医者をしているからです。



いつでも呼ばれて良いように、常に膝の屈伸運動をし、アキレス腱を伸ばしています。
っと言いたいところですが、実はワインを毎晩飲んでヘベレケになっており、そのことを住民は知っております。

だからこそ、患者さんは夜になると「松永先生はどうせ酔っぱらっているから、夜は病気にならないよう注意しようね!」と自ら健康を守ろうとしています。優秀な患者さんです。
ですので、私は自由奔放に生きています。そして、私は患者さんから守られています。

安房地域の医療特性で大切なことは、日本を代表する亀田メディカルセンターがあることです。亀田メディカルセンターが24時間、365日の救急医療で地域のいのちを守ってくれていることで、住民だけでなく、開業医である私たちも安心することができます。

酔っぱらっている時、千倉から遠く離れたところに出かけている時、患者さんからいのちの緊急電話コールが来る場合があります。「亀田に行こう」と伝えると患者さんは安心でき、病院への橋渡しをすることにより私自身も安心することができます。

もし、亀田メディカルセンターもない、私一人しか医師がいない島で医療活動をしなければならないとすると、私は酒を飲むことも島を離れることもできなくなるでしょう。もし、本当にそのような環境に私が置かれたら、いったいどんな医師になっているのか楽しみです。

とにかく、私が自由奔放に医療活動をできるのは、患者さん皆さんのおかげと亀田メディカルセンターのおかげです。感謝します。

さあ、8月も後半となります。明日から松永醫院がスタートします。
亀田メディカルセンターから研修医が地域医療の勉強に来ます。
多職種連携教育IPEとして城西国際大学の学生さんたちがゴチャマゼケアを学びに来ます。
千葉県の高校生たちが「いのちの流れ」を学びに来ます。



総合検診も始まり、朝7時から診察が始まります。
ラジオ体操もあります。
暑い、熱い、夏盛りの8月です。

本日、8月15日(水)、千倉BON FESTA最終日。
3日連続の日本一小さな花火大会の最終日、午後8時からの15分間の予定。
午後8時チョビッと過ぎから8時13分までの10分チョビッとの花火大会でした。

患者さんが住むリゾートマンション6階のバルコニーから観ました。
今年最初で最後になるだろう花火大会、風向き最高、花火丸ごとを観ることができました。
今年は末娘だけ、来年はご主人様と今年受験生の娘も、訪問看護師とヘルパーさんも一緒に観たいね。

そして、8月15日、終戦の日です。
73年前の夏も暑かったでしょう。
同じ過ちを繰り返してはいけません。


2018年08月14日(火)

目がペチョペチョ

「身体の調子はどうですか?」と私が尋ねると、「目がペチョペチョする」とおバアちゃんが外来で言います。 「はあ~! 目がペチョペチョ・・・?」と私。何のコッチャ!
ところが歳を取り、ある時、「このことだったのかぁ!」と気付かされるのです。

朝起きると目ヤニで目がスムーズに開かない。目に違和感があり、水で顔を洗ううちにサッパリしてくるのです。 おそらく、涙腺からの分泌量が減少し、涙のサラサラ度が下がり、朝起きると目がパサパサして重たくなっているのです。

東京と千倉の間を週2~3回往復します。移動には1時間半ほど時間がかかりますが、目的地についても颯爽と車から降りることができなくなってしまいました。ゆっくりとハンドルに捕まりながら車から足を降ろし、車のフレームを持ちながら降ります。

本格的な腰痛発作を起こしたことはないですが、腰が重く少し痛いことが時にあります。
そんな時は、テーブルに手を添えてクシャミをしたり、何かにつかまりながら立ち上がったりします。私のご主人様は、娘に湿布を毎晩貼ってもらっています。私はまだです。

外科医でもあった父が、何か細かいものを読む時には必ずメガネをおでこの上に上げて見ていました。今の私も、父と全く同じことをしております。細かい字も読めません。
スマホなど、とてもとても。ハズキルーペを用いる日も近いです。

今回の硝子体出血も加齢から来るものでしょう。
久しぶりの運動をすると、翌日に筋肉痛が現れるのではなく、数日経ってから筋肉痛が起きてきます。 歳から来るものを目の当たりにすることがドンドン増えています。

また、ある歳になると、味覚の革命が起きます。 レバーとか牡蠣など食べられなかったのものが大好物になったり、酢の物とか、味噌和えなどを食べるようになります。 若い時は魚より肉だったのが、ある歳から魚も良いかなぁと思うようになり、日本食が好きになります。



不思議なものです。親父スイッチが入った瞬間です。

暑い夏、当然汗を山盛りかきます。すると娘たちが、「お父さん、加齢の臭いがするよ!」と言います。 私は、「おや、シチューの臭いはなく、カレーの臭いですか」と答えます。
たしかに、昔の汗の臭いはレモンの香りがしていたのが、今はカレーの異臭がします。

全て、歳のせいです。
「この道は、いつか行く道」と私の尊敬する早川一光先生が言っておりました。
その通りです。

今回の硝子体出血、けっこう、こたえました。 よく見えず、よく読めず、勘でパソコンを打ち込み、細かいものと闘っております。

人間は老いて行きます。その中でも、身体のいろいろな臓器の中で、目、耳、口などの外受容器が最初に壊れて行くものだとわかりました。次に老いて行くものは、筋肉と骨でしょうか。そして、最後に老いて行くものは、脳なのでしょうか。

身体は確実に歳を取ります。だから、上手く身体の老いと付き合いたいです。
走ること、歩くこと、とても大切です。外出すること、畑仕事をすることも大切です。
お話しをすることも、大きな声で笑うことも大切です。どれも大切にしませう。

でも、歳を取る必要がないことは「心」です。
いつまでも潤いのある心を保ちたいですね。
そして、永遠のKeywordは「年齢不詳」。これを追い求めたいですね。

本日、8月14日、娘の心優の誕生日です。9歳になります。おめでとう。
心優とも、あと10年しか一緒に住むことはないです。。。
幸せになってもらいたい。だから、みんなのためになることをしようね。


2018年08月13日(月)

硝子体出血

台風が夜やって来るので早く千倉へ帰還しようと、夕食をサクッと終らせるために娘と回転寿司「スシロー」へ入りました。 娘が流れてくる寿司を選びやすいように座らせ、私は左後方から流れてくる寿司を獲物を狙うがごとく必死に凝視しながらチョイスしました。

そしたら、突然、左目に黒い点々が飛び出し、黒い索状の紐のようなものが見え、ものが良く見えなくなってしまいました。 いわゆる飛蚊症、霧視という状態となり、視力低下です。
これに似たエピソードが昨年10月にも起こりました。その時の診断名が「硝子体剥離」です。

硝子体とは透明な目ン玉のこと、ブドウの実でいうと中の果肉のところです。
今回の診断名は「硝子体出血」、ブドウの実の果肉と皮の間に血が溜まっちゃいました。
私が左後方から流れてくる回転寿司を必死に凝視し過ぎたため、血管が切れたのです。



今回の「スシロー」、台風13号の影響で慌てすぎて失敗しまくりです。
抹茶パウダーを湯呑みに入れ、その注ぐべき湯呑みではなく抹茶パウダーの入っていた容器にお湯を入れてしまったのです。 気付いた時には目が点・・・。

急いでお湯を湯呑みに移すも抹茶パウダーはドロドロ状態。あちゃ~・・・。
抹茶パウダーとドロドロが入った湯呑みにお湯を入れたら、入れ過ぎて溢れてテーブルがビシャビシャ・・・。 ヒッチャかメッチャか・・・。

抹茶パウダーの入っていた容器がドロドロになってしまったのですが、サジで底の抹茶パウダーをかき出すとサラサラ元どおり風になります。知らんぷりしようと思えばできたのですが、会計時に正直に伝え、お詫びを伝えました。



右目、視力が0.1以下。良く見えないと松永醫院の朝の朝礼で言ったら、一緒に松永醫院の外来をしている玲奈先生が眼科受診するよう助言をもらいました。台風13号の影響で松永醫院の外来もチョビッと落ち着いているため、鴨川の大病院を受診することにしました。

松永醫院の外来を私一人がしていたら絶対に行えない緊急病院受診、できるのは玲奈先生のおかげ!良い医療を提供できるのは玲奈先生のおかげ!あと、ご主人様のおかげ!
日本一の診療所・松永醫院となれるのはスタッフみんなのおかげ! 感謝!

右目、見えるような見えないような、視力0.1の世界。
長年漂流し海辺に到着したガラス瓶の底ッチョ、塩がこびりつき、汚れもこびりつき、ヒビも入り、濁ったガラス瓶の底ッチョから見える世界と同じです。

目は二つあり、一つダメでも目の調節力は高いから大丈夫!っと言っている私が視力障害。
きついですね。車の運転をしても距離感がわからなく、右目に眼帯を付けて左目だけで運転した方が楽です。 「途中障害」という言葉を噛みしめなければなりません。

硝子体出血、治療は自然止血を待ち、血液が自然吸収されるのを待つぐらい。
手術に至ることは少なく、失明するリスクはほぼないです。
私を診た眼科医は医師3年目、初期研修が終って専門医を目指し始めているドクターです。

Y先生から言われた指示は、「頭を高くして過ごして下さい」のみです。
頭を縦にすると血液は目の下に溜まり、頭を横にしてしまうと血液が大切な眼底という目の奥に溜まっちゃって視野を邪魔してしまうからです。

ためしに仰臥位・仰向けになると、右目の視野の上から血液がベロンチョのように垂れ下がってきます。
なぜ、そのようになるかわかります?

皆さんの目の奥・網膜には、実際に見えている景色が逆さまに写っています。 つまり、網膜には頭が下に、足が上に写っているのです。その情報が脳に伝わる間に補正され、再び元の頭は上になり足は下になります。

硝子体出血、血液は眼球の下方に溜まっています。見える頭側は網膜では下の底の方に写ります。つまり、血液は見える頭側・上側に実は溜まっているのです。だから、横になると血液は眼底の方へ登っていき、視野では血液が上から下方へ流れていくように見えるのです。

この説明、わかります? 認知症の検査ですから頑張って理解して下さいね。

まあ、目が見えにくいのは本当に不自由。
字を読むのが闘いとなり、このブログを書くのも大変で誤植がたくさんありそうです。
でも、そのおかげで禁酒して自由度が増しております。

「あの時、硝子体出血して良かった!」と言える生き方を目指しております。
毎晩、布団を秋刀魚医(三枚)折りにし、枕を二つ乗せて、頭を高くして寝ている私でした。


2018年08月08日(水)

2018年8月8日

台風13号が意外と静かにすぅ~っと過ぎ去って行きました。
雨が降ったり止んだり、アクアラインも通過可能でした。
朝7時からあるラジオ体操にも行きました。被害が少なくて良かったですね。



防災メールが流れて避難準備情報が出されたようです。風はチョビッと、雨はチョロチョロ。
こんな状態で、どのくらいの人が防災メールに従い避難したのだろうか。
台風12号で大きな被害を被った倉敷市真備町の市民、朝日新聞の天声人語でもう少し防災メールを重んじて早く避難するべきだったと書かれていたそうです。

防災情報は最悪の状態を想定しながら流されます。ですので、今回のように少し大袈裟だと思うのが丁度良いのかも知れません。
私たちは防災情報を重たく受けとめ、自分でも判断することが大切でしょう。

「てんでんこ」、自分のいのちは自分で守る。災害時の基本ルールです。
しかし、自分だけでは自分のいのちを守れない人たちがいます。 赤ちゃん、乳幼児、障害児、障害者、車イスの人、寝たきりの高齢者達たちです。

そんな自分のいのちを自分で守れない人たちのいのちをいかに助けるか、問われます。
私たちの高齢者施設が福祉避難所となっています。介護が必要な人たちの避難所となっているのです。 そのため、施設の責任者が待機していました。ご苦労様でした。



8月8日、水曜日です。私にとってはお江戸の日です。
台風が来るということで早めに東京へ向いました。アクアラインも普通に通れました。
午後の訪問診療もチョロチョロ雨の中、臨時往診も含めこなしました。

夜間診療も、台風で予約を取っている患者さんも来られなく空き空きになっていると予測していました。 ところが私の優秀な患者さんたち、「先生が房総半島の先っちょから来るのに、行かないわけにはいかない!」と真面目に来て下さいました。感謝!

毎年の8月8日、館山の花火大会が開かれます。鏡のように波が少ない鏡ヶ浦という館山湾で開かれる海上花火大会です。 砂浜に寝転びながら、大きな花火のお花全部を愛でて、海面に写る花火の根っこまでも堪能できる日本一の花火大会です。

今年は8月10日(金)に延期になっております。
是非、是非、館山まで見に来ていただきたいです。



8月8日、私の大好きな母の誕生日でもあります。母が亡くなり21年、早いものです。
母は長崎県五島列島の黄島で生まれて、長崎に移り住み、大阪日赤で看護師になり、長崎原爆の救護で長崎に戻り放射能の黒い雨に打たれ被爆しました。父と同様に原爆被爆者です。

明日、8月9日、長崎原爆の日となります。
戦争が終り、73年が経ちます。なのに、大切なことを忘れてきているような気がします。
私たちは同じ過ちを繰り返してはいけません。私たちの子ども達のためにも。

2018年08月01日(水)

どうぞ千倉へ

7月が終った。。。本日より8月、忙しい月、暑さに負けず気合いを入れて乗り越えます。
IPE多職種連携教育で学生さんが来ます。地域医療のお勉強で研修医も来ます。
房州黒アワビを食しにお客も来ます。高校生にいのちの大切さを伝える講演もあります。

夏休み、スタッフのためにあると言っていますが、チョビットだけ自分のためにもあります。
夏休みがあるぶん、しわよせで日常診療が余計に多忙にもなっちゃいます。
房州安房には総合検診という住民検診があり朝7時から診察開始、ラジオ体操もあるよ!

台風12号、夏バテなのか熱中症なのか、血迷って房総・暴走しています。
台風、普通は偏西風に乗り西から東へ流れて行くのが、今回は東から西へ逆走しています。 しかも、2周しようとして、普通の台風に戻ろうとしています。狂っています。

千倉のおジイちゃん、元漁師ばっかりです。漁船の元機関士も多く、漁に出て行くと天気図を見て天気予報をしていたそうです。そんな元漁師のおジイちゃんが、今回の台風12号みたいな逆走する台風を経験したことがないと仰っていました。地球が壊れています。

さらに驚いたことは、経験したことのない台風の動きを天気予報が予測し、その予報が当たっていることです。スーパーコンピュータ、科学の進歩に感心し、感謝します。
でも、おそらく、どんなに科学が進歩しても、1年未来の天気を予報することはできないでしょう。



みなさん、一年で一番好きな季節はいつですか?

私が小学校、中学校、高校に通っていたころ、もちろん「夏!」と答えていました。
夏休みがあり、一日中やることもなくただボォ~っとして過ごしました。
本を読むでもない、宿題をやるでもない、昼寝をし、午後から海に海水浴へ。

海へ行くと友達が待っており、ただ波に乗り、ただ時を過ごすのみ。
高校生ぐらいになるとジャンケンで負けた奴が女の子に声をかけたり・・・。
海に入ると、「夏ってクソ暑くて、気持ちが良い~!」の世界が待っています。

昔はエアコンなどなかったです。あったとしても昼間の暑い時に使うぐらいでした。
学校から戻ってくると扇風機に頭をひっつけ、旋回する扇風機の風に「お、お、来た来た」とか「あ~行っちゃった!」と思いながら寝入ったものです。

そんな大好きな夏が、東京へ行ったら嫌いになっちゃいました。
とにかく暑い!東京砂漠です。アスファルト道路にコンクリートジャングル。
気温が高く、照り返しが強く、エアコンの室外機からくる熱風でクソ・クソ・クソ暑い。

扇風機の風自体が熱く、ジィッとしているだけでも汗が噴き出てきます。
天気予報の最高気温、高さ約150cmの風通しの良い木陰で測定した気温です。 だから、東京で35度ということは、コンクリートジャングルでは40度以上に達していることになります。

東京から千倉に戻って、大好きだったけど嫌いになっちゃった夏がチョビットだけ好きになりました。 週末の午後3時過ぎ、紫外線を意識しながら、娘たちと海水浴へ行くようになりました。

すると、海の冷たいこと!夏の太陽でチンチンに熱くなった身体を海に沈めると、皮下約2cmのところで海水で冷やされた融合面を心に感じ、「夏って、クソ暑くて、気持ちいい~!」という世界が戻ってくるのです。

そして、部屋に戻ってシャワーを浴び、茜色になった夕暮れをベランダから見ながらワインを飲む至福の一時。
最高!最幸!千倉へ戻って良かった。幸せを感じる一時です。



千倉、やっぱり千倉の夏は最高です。
全国の助産婦さんが千倉へ集結し、ヘソをだしながら踊りまくるお祭り → サンバフェスタ
スズメの夫婦に一人っ子の娘、一家がヘソを出しながら踊るお祭り → 1羽、2羽、サンバフェスタ

この週末、8月4日(土)、サンバフェスタが開かれ、私が住んでいる平舘地区でも盆踊りが開かれます。
お盆にはBON・FESTAが開かれます。8月13日(月)14日(火)15日(水)の3日間連続で日本一小さい花火大会が開かれます。 これまた最高、最幸!



みなさん、是非、千倉へ来て
「夏って、クソ暑くて、気持ちいい~!」って吠えてみませんか。








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