~ 理事長のブログ ~

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2018年04月27日(金)

16分の1

日本のど真ん中、おヘソにある富士山のたもとにある富士霊園へ行ってきました。
美人の伯母さん、雪子伯母さんの納骨に行ってきました。快晴で富士山が良く見えました。
山口家と松永家が集まり、私が知らないファミリーヒストリーを知ることができました。



雪子伯母さんの長男、和行兄さんとは本当に久しぶりに会いました。
和行兄さん、水泳部ではないのですがクロールで泳いでいる水泳部員を平泳ぎで追い抜いていく変わったお兄さんです。しかも、もの凄い大飯喰らい。変わっていませんでした。

今度、また今回のメンバーが集まるのは和行兄さんが死んだときでしょうか。
でも、和行兄さん、自転車で大館から田沢湖一周して来たそうで、そのアップダウン標高差は1000mを越えている?そうです。パワフル、死にそうもないです。



雪子伯母さんの次女、直子姉さんは福井芦原温泉へ嫁入りしました。美人です。
ご主人は地元の名士、地域のために頑張り、首相にお呼ばれ新宿御苑でお花見をしてきたそうです。直子姉さんも大病をしましたが、後遺症も無く、やはりしぶといのでしょう。



雪子伯母さんの世代、残りは美那子伯母さんのみとなっちゃいました。
美那子伯母さん、これまた美人です。芸能人の美輪明宏さんが惚れていた女性です。
美輪明宏さんが「おたくの妹さんはとってもキレイで好きでした。」と話しかけてきたそうです。





私、ロシアの血が流れていると言っていました。
私の故郷はか・せ・い、実は私は火星人なのです。その後、ロシア系日本人となり、イタリア系日本人を経由し、房総系日本人に帰化したのです。



なんて言っている私、私の曾祖父はオランダ人とのハーフだったことを教えて頂きました。
どちらがオランダ人だったのか、おそらくオランダ人が日本の女性を襲ったのでしょう。
いろいろやらかしてくれたお祖父ちゃんがクォーター、私の父が8分の一となります。

ということは、私、オランダ人との16分の1となります。驚きです。
私の身体にはオランダの16分の1の血が流れているんだ・・・
だからベルジャンと仲が良いんだ・・・、デンマークにも行っちゃうんだ・・・

私、これから、好物でもないカステラを好きになりませう。
オランダ医学にも興味を持つようにしようと思いました。 お・し・ま・い。


2018年04月24日(火)

介護職員処遇改善

ピョンチャン・オリンピックで金メダルをとった羽生結弦選手が、地元仙台で凱旋パレードをしたニュースが流れました。 10万人以上の人が、世界中から集まりました。スゴいですね。
もし、私がノーベル地域医療賞をとったら、千倉にどのくらいの人が集まってくれるのでしょうか。



介護の世界、給料が安くてキツイと思われています。それは間違っています。
だいたいどんな仕事でも楽な仕事はないです。楽な仕事、普通はろくでもないです。
介護、大変な仕事ですが、頑張った向こうには「ありがとう」が待っています。

仕事は、「やりがい」と「働きやすさ」と「給料」の3つのパラメータで決まってくると考えています。 この中でも「やりがい」が最も重要因子だと思います。
介護・医療の仕事では、良いことをすれば「ありがとう!」という言葉が返ってきます。

「ありがとう!」という言葉を言われてしまえば、どんなに疲れていても疲れは吹っ飛び、もう一工夫、もうチョビッと仕事を「やっちゃえ!」状態となります。
それに笑顔が加われば悦びになります。

でも、給料は確かに安いかなとも思います。
朝から晩まで汗水を垂らしながら、ウンコまみれになりながら、夜勤もしながら、給料20万の世界です。 人が嫌がる排泄の処理をし、夏の熱い中に入浴介助をしていながらです。

医療保険、介護保険、国が値段を決める統制経済の世界の中にあります。
つまり、医療・介護・ケアで生きて行くスタッフの給料は国が決めていると言って良いでしょう。 しかし、国は節約することとケチることをゴチャマゼにして、ケチっています。

国がケチればスタッフの給料は減るし、未来の輝きが小さくなってしまいます。
でも、そんな日本、国はケチっているという病識を持っているようです。
介護職員処遇改善交付金というケアスタッフだけに補助金が出ていました。

医療・介護の世界、様々なスタッフに支えられています。
受付け・事務スタッフ、清掃のスタッフ、送迎のスタッフ、厨房のスタッフ、保育所のスタッフを始めとし、医師、看護師、セラピスト、管理栄養士、薬剤師などが高齢者のいのちを支えています。

しかし、介護スタッフだけに月数万の補助金が出ていますが、介護スタッフ以外のスタッフには補助金が出ていません。 これは不平等でおかしいことです。
介護職員のためにと国は思っているのかもしれませんが、まったく逆の方向へ行くでしょう。

介護スタッフだけ介護職員処遇改善から3万円ほどもらい、夜勤手当が5万円ほどもらうから、その分基本給を抑えましょう! っという流れです。基本給の設定が低くなり、基本給の昇給が抑えられてしまう危険性があるのです。

基本給は、給料の骨格部分で、とっても大切なところ。これで賞与の額が違ってくるでしょうし、年収も決まり、退職金も異なってくるでしょう。基本給は大切なのです。
介護職員だけに処遇改善をするのではなく、介護保険に携わる全てのスタッフが気持ち良く仕事ができるようにすることが大切なのです。



松永醫院では、介護保険サービスとしてケアプランセンターと、ご飯も風呂もついていない短時間デイケアを運営しております。ケアプランセンターでは優秀なケアマネが魂のこもったサービスを提供しています。しかし、経営上は赤字です。なんで、補助金くれないのぉ!

デイケア部門、介護保険処遇改善のことでもめました。
いつも松永醫院をキレイにしてくれている森さん、ありがとう。
所謂デンキを手伝ってくれている本橋さん、ありがとう。
送迎を手伝ってくださる宮田さん、加藤さん、ありがとう。

みんなに支えられて私がいます。ありがとう。
「一人の百歩より、百人の一歩」


2018年04月16日(月)

セオリー・オブ・チェンジ Theory Of Change

アクアラインが止まったおかげで、東京でのお勉強会をキャンセルし、ゆっくりと過ごしました。
アクアラインが止まること、めったになく、年数回です。
台風でもないのにアクアラインが止まることに、地球温暖化の影響を感じます。

暇になった日曜日、残務処理をしました。掃除、介護保険の意見書書き、サンキュージョギング、南房総市議選挙へ行く、昼寝もしました。そして、夜にはカッポレ!
あ~っという間の一日でした。

前日、4月14日(土)にはエンドオブライフ・ケア協会が主催したお勉強会が、虎ノ門にある笹川平和財団ビルの国際会議場で開かれました。その中心的ボスは、横浜市にあるめぐみ在宅クリニックの院長、小澤竹俊先生です。NHKのプロフェッショナルにも出演した医師です。



看取り経験の無いスタッフが不安の中、「死にたい」と言われ返す言葉が見つからない、もっと自分にできることがあったのではないか、看取った後の喪失感で苦しくなる、など看取りを苦手に思っている仲間が少なからずいます。

そのような看取り不安・苦手意識を持っているスタッフを、いかに関わる自信へと導けるか
エンドオブライフ・ケア援助者養成講座を日本全国で開いています。死に行くご本人だけでなく、ご家族、医療・ケアを提供しているスタッフをも支援することを目的にしています。

エンドオブライフ・ケア、人生最終章のケアとも言うのでしょうか。死に行く人とのコミュニケーション・テクニックを学ぶ場だと思います。現在、看取りは病院の白い壁に隠されてしまって良く見えません。どの様に看取っていくのか学びの場がありません。

死なない人はいません。産まれてきた人、全員が必ず亡くなります。
だから、死を避けることができません。半世紀前ごろは自宅でだいたいが亡くなっていました。
昔、私たちは、身内の死を身近なところで体験していたのです。

だから、病院の白い壁に隠されてしまった死をもう一度生活の場に戻す必要があります。
いのちを支えることを仕事としている私たちは、生の最期である死までも支え切る必要があります。 だから、看取ることは必需であり、乗り越えなければならないことだと思います。

私は、看取ることは真心を持っていれば必然的に乗り越えられるものだと考えています。
心さえあれば看取りは可能だと考え、わざわざ看取りのコミュニケーション・テクニックを学ぶ講習を開くことに私は違和感を覚えています。

小澤先生は、自宅で最期を迎えたいという余命数日の患者さんも診ています。
たった数日、場合によっては数時間しか生きることができない患者さん、ご家族と確実な信頼関係を作るためには、やはりコミュニケーション・テクニックが大切となります。

そこに、小澤先生と私との違いがあります。
私の場合、長年にわたって築いた患者さん、ご家族との信頼関係が既にできておりますので、特別なテクニックを用いる必要がないのです。

エンドオブライフ・ケア、大切なケアであり、その学びの場が大切であることを学びました。
そして、小澤竹俊先生は天才だということを知りました。
私自身、エンドオブライフ・ケアに対しては違和感を持っています。ただ、エンドオブライフ・ケアを普及させるムーブメントにサイアンスを用いていることに驚きました。

自分の思い、考え方をより広く、日本国中に広げ、市民に理解してもらうことは大切です。
そして、市民に理解してもらい、生活の場に、文化として地域につながって染み入って行くことが最大の目的になると思います。

セオリー・オブ・チェンジ Theory Of Changeというものがあることを知りました。
「裸の男とリーダーシップ」というユーチューブを観て下さい。



裸で踊っているバカな男につられてFast Followerが参加してくる。このFast Followerが大切で、バカな裸の男のままで終るのか、時代の最先端の革命人になるのかを決めます。
Fast Followerが周りの人を誘い、面白うそうだから参加してみようというムーブメントが起こり、パラダイムシフトが起こるのです。

バカな男、異端児、革命児が問題を起こし、次世界の正統派になるパラダイムシフトというものは、本人だけで決まるのではなくFast Followerがどの様なアクションを起こして大きなムーブメントに変えていくかにより決まるのです。

小澤竹俊先生のエンドオブライフ・ケアがどの様に日本全国に普及するか、このセオリー・オブ・チェンジという理論を用いて、様々な小澤竹俊先生の良き理解者Fast Followerたちがたくさん集まり、連携しながら日本全国で普及活動している現場を見ました。



エンドオブライフ・ケア、ホスピスケア、緩和ケア、終末期ケア、ターミナルケア
看取りケアの呼び方ですが、ターミナルケアを日本語にすると終末期ケアとなり敬遠され
ホスピスケアというと宗教色が漂い、緩和ケアとなると症状さえ取れば良いと無機質的になるような気がします。

現在、医療界で流行っている言葉が エンドオブライフ・ケアという言葉です。
日本語でエンドオブライフという意味は終末となると思いますが、なぜか流行っています。
私が好きな言葉はターミナルケア、ターミナルは東京ターミナルのように一つの終着点であり次の出発への乗り換え場所という意味があるからです。

2018年04月10日(火)

本八幡

総武線「本八幡」、私が高校を卒業して東京へ出て行こうとして住んだ街です。
千葉県市川市本八幡、東京へ出て行こうとして千葉県を脱出することができませんでした。
私の青春がスタートした街だったかもしれません。



都会と田舎の定義、都会は駅に行くと電車が来る。田舎は電車に合わせて行動する。っと思っております。 千倉は電車が1時間に1本もない、十分に田舎街です。
木更津は電車が15~30分に1本の街、時刻表を頭の中に入れながら自由に活動する街です。

本八幡、黄色い総武線が5分に1本ほどで来ますので、私にとって十分に都会でした。
となりの市川駅はハイソな文教地区で、お行儀がよろしい街です。
本八幡、24時間365日パジャマ姿でアルコールが飲める街、小岩と似ています。



その本八幡で、東京医科歯科大学千葉県支部の打ち合わせがありました。
昨年と同様の午後6時半、「うえだ別館」という料理屋さんでした。
当然、その前、夕暮れ本八幡のディープな街を徘徊しました。

本八幡駅には「Shapo」シャポーというショッピングセンターが入っており、40年以上前と同じでした。 今ではクイーンズ伊勢丹というスーパーが入っており、ニュークイックという安い肉屋さん、丸亀製麺、鎌倉パスタ、タリーズコーヒー等のショップが入っておりました。



娘が中学3年生になったので、少し受験に関してお勉強をしました。
市川高校は私立高校ですが、私が覚えている昔の市川高校は男子校で本八幡駅の近くにありました。 今は移転し男女共学高校となり、千葉県で二番目の進学高校となっている様です。

本八幡、やはり、オヤジの街だと思います。
駅前にたこ焼きを食べながら、ハイボールを飲むオシャレな飲み屋があります。
銀だことサントリーのコラボレーションです。



飲み屋街もあり、焼き鳥屋さん、焼き肉屋さんが並んでいました。
細い横道にも店がアメーバー状に広がっております。



今は有名になり、全国チェーンとなっているイタリアンレストラン「サイゼリア」、この本八幡が第1号店で発祥の地となっているのを知っていますか。
私は、約40年前のこの本八幡店に入ったことを覚えております。



この本八幡にある老舗料理屋「うえだ別館」で、東京医科歯科大学の大先輩医師に囲まれながら楽しい一時を過ごしました。 いつまで医者をしているかという問いに「ボケるまで」と答えている先輩医者もいましたが、私は「ボケても」医者をやってますと答えました。



すでに、今、おとぼけ!


2018年04月06日(金)

デンマークから1年 その2

デンマークでは、成人を機に子供たちは家から出て行きます。
だから、夫婦二人暮らしになり、その夫婦が歳を取れば高齢者二人暮らしになります。
そして、夫婦のどちらかが亡くなれば独居老人になります。当たり前のことですね。



デンマーク国民はINDIVIDUALIST、個人主義の国です。
自分の人生は自分で決めるということです。
これが徹底しております。

たとえ独居老人になっても、寂しそうにしていても、子供たち家族が心配していても、ご本人が在宅を希望すれば自宅で過ごしています。たとえエレベータの付いていないビルの3階に住んでいても、本人の了承を得なければ移り住むことはできません。

たとえ歩けなく車イス生活をしていても、ウイークデイはエレベータの付いていないビルの3階の自宅で寂しく過ごし、一日数回来るケアスタッフとの会話を楽しみにしています。
そして、週末の孫達を一緒に連れてくる子供家族の訪問を楽しみに過ごしています。

私が「寂しくないですか?」と質問をすると、「そりゃ、寂しいよ」と答えます。
私が「それで幸せなのですか?」と質問をすると、「もちろん!」と答えます。
私が「なぜ幸せなのですか?」と質問すると、「そりゃ、自分の人生を自分で決めているからだよ」と答えます。

それに対して日本では。1ヶ月前までは歩いて、普通に過ごしていたジイちゃん、バアちゃんが入院して歩けなくなっちゃった・・・。それでも、本人は自宅へ帰ることを希望。
でも、家族は、歩いていたのが歩けなくなっちゃった・・・。何かあったら・・・。と心配する。

医療相談員、MSWがたくさんいても、患者さんご本人の意見など忘れてしまい、不安におののく家族のワガママに振り回され、後方病院、後方施設へ移って行く今の日本。
自己決定の尊重などクソったれ!の日本。高齢者虐待の国、日本。

人生100年の時代を迎えます。っということは、ほとんどの人がボケる時代を迎えます。
そんな今の時代に、「独居、在宅の限界ですね。」「認知症、在宅の限界ですね。」とささやく医療者ばっかりです。みんな歳を取り、独居になり、ボケて、死んで行く時代なのに。。。

おかしい日本。おかしい日本の病院。病院の務めは「命を助けること」だけではないです。
病院の務めは「命を助けて、家に返すこと」。この「家に返すこと」を忘れてしまっている医療者が実に多く、高齢者は漂流して家に帰れないのです。



人生の目的は、「幸せ」になること。今まで、何度も書いてきました。
日本は世界一の長生きの国であり、お金持ちの国であり、平和で命の安心・安全が世界一の国です。世界が憧れる国である日本なのですが、日本国民自体は幸せを感じていません。

幸福度のアンケートをとるたびに日本は順位を下げ、155カ国中51位となっています。
国連が発表する世界一の幸福大国はだいたいが北欧の国で、私はデンマークが世界一だと考えています。いったいどの様な国なのか目の当たりにしたく1年前に行ったのです。

行ってみてわかったこと、デンマークは「Trust」&「Respect」&「Smile」の国なのです。
人間同士が信じあい、互いに尊重し合い、満面の笑顔を見せながら生きているということを知ることができました。生きることに生き方が、理念が入っていると思います。

デンマークの高齢者ケアの3原則、これを守っています。
 1.人生の流れを尊重
 2.自己決定の尊重
 3.残存能力の活性化

日本は
 1.人生最後に老いぼれ人生が待っています。
 2.ご本人は自宅へ帰りたがっているのに、家族の心配で後方病院へ。高齢者虐待の国です。
 3.元気にすると要介護度が下がり、収入が減るので、社長に怒られます。

デンマークでは、施設に入ると老いぼれ人生が待っているので施設を作るのを1980年代に止めました。 人生の最期をどこで療養するか、自宅が良いのか、寂しがり屋さんなら自宅近くのケア付き住宅へ移り住むか、自分で決めることになっています。

たとえエレベータの付いていないビルの3階に独りで住んでいてもご本人が望めば、ケアスタッフが一日数回、モーニングケアのため、日中の活動のため、ナイトケアのために訪れ、生きることを支えます。

認知症で、独居であっても、本人が望めば自宅で最期まで過ごすことができます!
デンマークでは、人生の大先輩たちが当たり前のように自宅で生き切っています。
日本、「認知症で独居、在宅の限界・・・。」と病院のヤングドクターが呟き、それを聞いた家族が不安になり、本人は自宅へ帰ることを希望しながら後方病院へ消えていく。。。

変な日本です。
こんな日本を変えなければ。

理念に基づくケアを提供し、「Trust」&「Respect」&「Smile」溢れる幸福大国のデンマーク
今の私、まずは、デンマークを目指しています。
そして、その後に、デンマークを越えます。つまり、世界最先端の「幸福」地域を創ります。



と桜咲くお花見で誓いました。


2018年04月03日(火)

徘徊

「徘徊」という言葉、あまり良くないので使わないようにしよう!っというノリがあります。
それに対して、認知症先進地域では「自由奔放に徘徊できる街へ」とも言われています。
「徘徊」という言葉を言うことに、賛成派も反対派も両方あることを理解できます。

先週、デンマーク大使館へ勉強に行きました。夜の代官山を徘徊しました。
デンマーク大使館の中には綺麗に桜が咲いていました。そこで少しばかりオープンサンドイッチを食べた後、大使館の3階で「予防とリハビリテーション」の勉強をしました。


デンマーク大使館、非常にシンプルです。まるで、どこかの公民館のような雰囲気です。
しかし、デンマーク大使館内に入るためには、セキュリティーチェックを3回も行う必要があり、治外法権の臭いがしました。


最近、日本一のお花見の場所に選ばれ、人気が赤丸急成長の場所が目黒川です。
デンマーク大使館近くにあることを調べましたので、勉強会が終った後に目黒川を徘徊しようと思いましたが、時間がなくなりあきらめました。

二日後、リベンジ。東横線、中目黒へ行きました。
家族で目黒川へお花見に行ったのです。桜満開を通り過ぎて、ピンクの中にグリーンが散りばめられているチョイ葉桜状態でした。充分に綺麗です。今の私状態でしょうか・・・。


私の大好きなお花見コース、隅田川コースです。
日の出桟橋から遊覧船に乗り隅田川を上り浅草へ、隅田公園の桜を見ながら隅田川を上り、途中浅草の街も徘徊し、桜橋を渡って対岸へ。その後は両国へ向い、夜、ちゃんこ鍋を食べるコース、これ最幸!

目黒川、隅田川のようにデカくないです。コンパクトな川です。
そんなコンパクトな場所に、お洒落なショップがたくさん並んでいるのです。
もの凄い人だかり、シートを広げて宴会するスペースなど無いです。

ストロベリーをシャンパンの中で泳がせながら、ギャルたちが昼間から呑んでいました。
オヤジどもは店を貸し切りにしながら、ビールに焼き鳥、煮込みなどを食していました。
強烈な濃縮感があり、また来年も行って徘徊したい衝動を覚えました。

そして、中目黒駅の隣にある代官山駅まで徘徊しました。
途中、美空ひばり記念会館とやらを見ながら、エジプト大使館、デンマーク大使館を再び見ながら代官山街を徘徊しました。

代官山、お洒落な街です。低層のショップが散見し、代官山全体がショップモールとなっているのです。代官山駅自体が街に溶け込んでいるため、駅がどこにあるの分かり難く、徘徊しまくりました。

イースター復活祭が行われていまして、娘たちは大好きなショコラでイースターエッグを創りました。
代官山はお洒落である。私は、覚えました。


新宿の街も、徘徊しました。
新宿西口、貢茶"Cong cha"というタピオカ入りのお茶がはやっていることを知りました。
ロシアの血が流れている私たちも並んで呑みました。マアマアです。


新宿近くにある繁華街、「思い出横丁」と呼ばれています。
私が学生時代、たしか「ションベン横丁」と呼ばれていたような気がします。
小さな飲み屋でハイボールを飲み、チョビッとだけ徘徊しました。



「徘徊」という言葉、私たち笑顔グループでは「夢を探しに散歩に行く」と呼んでいます。
軽い認知症の人が戻って来れるのに散歩に行くと「徘徊」と呼び制止しようとします。
そんな社会を、自由奔放に徘徊できる街にする必要がありますね。


2018年04月01日(日)

偏差値100

「使ったら戻す!」「開けたら閉める!」「食べたら片付ける!」「脱いだらたたむ!」
そんな当たり前のことをご主人様から厳しく指導を受けております。
そして、次第に娘と同様にこっぴどく叱られるようになっております。

そんな私、テストで偏差値100を超えたことがあります。

偏差値100、滅多に出ることがありません。
問題が難しくて、満点近い点数を取らなければならないからです。
100点満点で平均点が約20点の難問テストで、ほぼ満点の点数を取ったのです。

偏差値100以上、正規分布で標準偏差5倍を超える上位に位置することです。
上位0.00002%であること、日本の一学年100万人とするとトップを取ることになります。

大学受験、私の得意科目は数学と化学。
満点を取れば全国一番になるので、数学と化学は全国一番を何度でも取りました。
全国模擬テスト、英語・数学・理科の総合成績でも、全国一番になったことが2度ほどあります。

逆に苦手な科目が国語。まったくできませんでした。
本当は、日本一難関な東大理科Ⅲ類を受験したかったのですが、国語があるため断念しました。大学を卒業しての再受験でしたので、早く医師になるためにも東京医科歯科大学を受験しました。

その年、滑り止めと思った東京医科歯科大学に落ちました。
翌年、塾の先生をしながら東京医科歯科大学に合格しました。

「使ったら戻す」ことのできない私は、実は、天才なのです。
なんでもそうなのですが、トップを取ることはスゴイことなのです。

本日は「妄想の日」、私の妄想を書いてしまいました。
4月1日、毎年同じ内容を5回書こうと思い、今年で3回目。

本日、4月1日、新年度が始まります。
本日は、一年に一回だけ素直になれる日です。
「真美子、君はきれいだよ!」


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