~ 理事長のブログ ~

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2017年9月26日(火)

覚悟

地域包括ケア、住み慣れた自宅、地域で最期まで生き切ることができる仕組みのことです。
国が地域包括ケアを強く推し進めているところですが、実現しているところはありません。
なぜでしょう。

私の住んでいる南房総市で地域包括ケア推進会議という有識者、専門職代表が集まる会議がありました。 住み慣れた自宅で最期まで生き切ることができ地域を創りませう!と偉い人たちが集まったのです。

そこで、南房総市市長に「たとえ独居でも、認知症になっても、本当に自宅で最期まで生き切ることができると思いますか?」という質問をしました。
「例外を除いて、独りで最期まで自宅過ごすことは無理です。」とお答えになりました。
出席していた他の偉い方たちも首を縦に振り、「独りでは無理!」と言っていたと思います。

たとえ独りでも、住み慣れた自宅・地域で最期まで生き切ることができる地域包括ケアを推進させるために集まった会議で、だれも独りで最期まで自宅で過ごすことができないと考えている。。。

進むべき方向と本音が、真逆を向いています。
国は自宅で最期までと言うが、実際は無理!
独居では難しいし、認知症が加わったらなおさら無理!

これは南房総市だけでなく、日本全国どこでも思っている本音です。
だから、地域包括ケアがすすまないのです。
この独居で認知症があるとなおさら自宅で最期まで過ごすことは不可能だという思いは間違っているのです。

この春、幸福大国であるデンマークへ行きました。
デンマークでは、御本人が望めば独居でたとえ認知症があっても自宅で最期まで生き切ることができます。 ご自宅で最期をという自己決定を尊重して、人生を終らせているんです。
しかも、デンマーク、エレベータの付いていないビルの3階、4階に住んでいるのです。

私たちは強い覚悟を持たなければなりません。

「御本人が望めば、たとえ独居で認知症を有していても、介護保険を適切に用いれば、住み慣れた自宅、地域で生き切ることができる!だろう」
という覚悟です。この覚悟から、全てがスタートするのです。








2017年9月22日(金)

SAYAN

昨晩は、松永醫院の歓送迎会および快気祝いのカッポレが開かれました。
ミヤタさん、カトウさん、良いことをすると「アリガトウ!」と言ってくれる世界へようこそ!
私と一緒にオッサンパワーを炸裂させ、千倉住民のために工夫をしまくりませう!

モリタさん、ご苦労様でした。
「人に迷惑をかけるような人間になるな!」と社会では言われていますが、私の目指す社会は「迷惑をかけ合える社会」を目指したいと考えています。また、待っているよ。

レナ先生、体調が良くなってきていて嬉しいです。
でも、まだ病み上がり。無理をしないで無理をして下さい。ンッ?無理しないで下さいね。
医師一人でも松永醫院は大丈夫であること、医師が二人いるからこそ良い医療ができることを感じることができました。 レナ先生、これかも宜しくお願いします。

松永醫院最高齢のモトハシ・バァーバァーの乾杯で始まり、盛り上がりました。
いつも私の娘がお世話になっております。そして、私のご飯をいつも有難うございます。
無理をせず、無理をして、できるだけ長く勤めて下さい。



笑顔グループの合い言葉「気が付けば利用者」
スタッフが「長年にわたり働かせて有難うございます。明日からお暇を下さい。」と言う。
私は「長年にわたり有難うございます。では、明日から利用者として通って下さい。」と。

私たちは死ぬまで一緒!
いつまでも一緒なのです。

女性中心の松永醫院に、オッサンパワーが生まれました。
カトウさん、飲んだくれでした。ミヤタさん、酒に強くないのに酔っぱらっていました。
二人とも公務員上がり、南房総市の責任者をしていました。おそらく女性職員が少ない職場で働いていたためにか、カトウさんもミヤタさんも舞い上がっていました。ファイアー状態。

そんな歓送迎会、松永醫院御用達のバリ風イタリアン「SAYAN」で開かれました。
このイタリアン、とにかくスゴイ!この美味しさで、このボリュームで、この値段!
メチャクチャ、コストパフォーマンスが高いです。マスト・ゴーです。

アンティパストの盛り合わせ、サラダ、メキシコ風挽肉の小麦チップス乗せ(名前を失念)、
2種類のピザ、ハンバーグ、ステーキの盛り合わせ、ラザーニャなど。他にも・・・
温かいものは作りたてを美味しく、冷めてしまったものをだすようなお店ではないです。

当然、美味しい料理は食べきれません。
食べきれない美味しい料理はお店からタッパを頂き、料理を詰め込んで各家庭へお土産として持ち帰ります。これ、千倉スタイル。
スタッフの家族も喜んで食べてくれることでしょう。

他によく食べるものは、シーザ-サラダ、バーニャカウダ、アクアパッツァ、マグロのカマ焼き、唐揚げ、スパゲッティなどなど。バリ風イタリアンであり居酒屋風イタリアンです。
館山にあった伝説フレンチ「ボナ・ペティ」の娘さんで、千倉で海女さんもしています。
シェフ、夏、昼間は潜ってアワビを剥がし、夜は美味しいイタリアンを創る。サザエ料理が出てきたりもします。

みなさんも、是非、「SAYAN」へ行ってみて下さいね。
おすすめは、サカナ・ランチ。




2017年9月18日(月)

敬老の日

台風18号が日本列島を縦断しました。台風は、私が寝ている間に通過して行きました。
しかし、私のルーツである九州が被害に遭いました。
台風の被害に遭われた方々にはお見舞い申し上げます。

この週末、新宿へ勉強に行きました。朝起きたら、台風一過の快晴、しかし強風でアクアラインが閉鎖されておりました。 千葉経由で新宿へ行きましたが、時間にして約2時間、距離が約150 kmかかりました。

通常、アクアライン経由で約1時間半、110 kmチョッとかかりますので
距離で約40 km、時間にして30分弱違います。高速道路代は計算しておりません。
アクアラインの有難さを感じます。

台風一過の敬老の日、学会を少し早めに終らせ外に出てみたら33℃の暑さ。
銀座へ行ってきました。歩行者天国で賑わっておりました。



いつも通過している海ほたるへも寄ってみました。







やっと、散髪にも行けました。
いつも散髪してくれているマユミさん、「本当は第3月曜日でお休みだけど、平太先生が来るかもしれないと思って開けていたの」っと。有難い!



夕方、松永醫院のトレッドミルで3.99 kmのランニング。
汗ビッショリ、体をリセットしました。



かつて住んでいたマンションの大風呂に入りに行き、末娘の心優(こころ)とスピード計算。
そして、いつものカッポレと沈んで行きました。





本日は「敬老の日」。高齢者を尊び、大切にする日本にならなければなりません。
最近の日本、「軽老の日」と呼んでいるような気がします。

医療費、社会保障費が膨らみ、日本が沈んで行くと専門家が言っています。今まで日本を支えてきた高齢者が増えると日本が滅びると言っているようなものです。オ・カ・シ・イ!

私の仕事は、いのちを大切にすること。先ずは高齢者に光を当てています。
毎日、努力しましょう。
毎日に感謝し、謙虚に生きよう。


2017年9月16日(土)

餃子とカレー

変な食べ物があります。許せますか。
カレーライスに干しブドウ、酢豚にパイナップル、メロンに生ハム乗せ
外国人も日本人の味覚に驚いています。スイカに塩。

日本人がよく食べる、でも、私は許せない食べ物があります。
ラーメン餃子とカツカレーです。

餃子、ニンニクの臭いが強烈で繊細な味が消えてしまいます。
せっかくの美味しいラーメンが単なる糖質ヌードルに変わってしまい、もったいないです。

私のご主人様、浜松出身です。餃子では、宇都宮と激しく競り合っているようですが
浜松餃子、ニンニクの味が控えめで野菜がたっぷりでアッサリ味、横に添えてあるモヤシと一緒に食します。

カツカレー、これも許せないです。美味しいカツがカレーで溺れてしまいます。
美味しいカツは、キャベツの上にのせ、ソースか醤油でガブッと食べたいです。

カレー、どれも美味しいです。まずいカレーは今までに1回だけ食べたことがあります。
始めて酢豚を作ろうとした時、作るのが面倒となり急遽カレーに変更した時です。
カレーの中にシイタケ、パイナップルが入っていて、何でかモヤシも入っていたり・・・。

あと、最近では娘から「お父さん、何だかカレーの匂いがするよ!」と
私は「シチューの匂いじゃないのかい?」と聞くと
娘たちとご主人様が一緒になり「カレーの匂いだよ!」とハモっておりました。


遭遇してしまいました。
「ぎょうざとカレー」



意外というより、予想通り美味しかったです。よ。


2017年9月13日(水)

68歳のいのち

千倉は太陽が山に沈んで行くので、夕方は早く、よけいに秋の夜長となります。
そんな夕方というよりは夜早い時間帯に、突然私の携帯電話が鳴りました。
A先生からのコールで、「診てもらいたい患者さんがいる。」と。

A先生、地域医療センターの医師で、若手のホープでもあります。
かつて、私の診療所に地域医療とは、開業医の医療とは、医療保険と介護保険の連動とは、無色透明のゴチャマゼケアとは何なのか、勉強に来たことがあります。

私の所に来る研修医に伝える言葉
「目の前の患者さん、その患者さんの10年未来のいのちを守ろうとしなさい。
そうすれば、チョビッとだけ医療は優しくなるよ。」

A先生からの依頼は
「68歳の男性患者さん、春に脳出血、8月に大きな脳梗塞を起こし、意思の疎通困難、右片麻痺、失語症、嚥下障害があり、経鼻経管栄養中ですが、胃瘻造設(PEG)したばかりです。
Oさんという名の方ですが、御家族が平太先生に診てもらっていたそうです。」

Oさんの名前を聞いた時は誰のことかわかりませんでしたが、フィリピン人の嫁さんと男の子の家族がいるということを聞いて思い出しました。
10年以上前、Oさんのお母様をご自宅で看取ったことを思い出しました。

Oさんのお母様を看取ったあと、嫁と息子は風邪をひくと私の診療所を受診していました。
しかし、Oさん自身と会うことがありませんでした。
Oさん、まだ、68歳。大きな脳梗塞を起こし、まだ1ヶ月しか経っていません。

この後、自宅へ帰るか後方病院に転院するかのどちらかになります。
普通、在宅復帰は不可能と思うぐらいの重症脳梗塞ですので、後方病院へ移って行くのが当たり前となります。
では、その後方病院ではどのような人生の最期が待っているかというと、リハビリはなく、ほぼOn The Bed、寝たきり状態です。会話も笑顔もなく、ただ死を待つだけ。

そんな世界が待っているような気がします。人生の最期に辛い世界です。

A先生もそのようなことを想像していたのでしょう。
もうチョッとだけでもリハビリをさせたい。何か工夫はできないか悩んだのでしょう。
私のところの介護保険施設・夢くらぶでもうチョッとリハビリをお願いしたい。と思ったのでしょう。

私はさっそくOさんの嫁と連絡を取り、土曜日は予定が詰まっていたので、日曜日にOさんを含めて病院で会う約束をしました。

嫁、覚えていたとおりの美人のままで、賢くて、優しい女性でした。
Oさん、胃瘻造設したばかりでまだ経鼻経管中でしたが、健側である左手はミトンで抑制されていました。会話できないどころか、目の前で手を動かしても反応が無い状態でした。

嫁と約1時間お話をしました。
春に脳出血したものの普通の生活を送っていて、8月に大きな脳梗塞を起こしてしまった。
まだ68歳の若さ、この後の人生は長いだろう。

嫁も後方病院で介護職として働いていますので、後方病院がどの様な所か知っています。
だから、自分の病院は嫌がり、違う病院を選んでいたようです。でも、どこも一緒。

私は嫁に提案しました。
「家に帰ろう。また、もとの家族に戻ろう。
もし、家に帰ろうと思えば、もっと違う良い道が開かれてくるよ。」っと。

「おそらく家で過ごせると思うよ。仕事も続ければ良いし、チョビッと頑張るだけ。
もし、家に帰って家で過ごすことができなければ、僕がどうにかするから。
Oさんも、自分のことで家族が潰れてしまうのなら、自分からすすんで病院に行こうと思うはずだよ。」

「家に帰ろうとすること、それがSさんにとっても、嫁にとっても、みんなにとっても、
一番納得できる選択だと思うよ。ダメだったら僕が看るんだから。
まずは亀田リハビリテーション病院でリハビリをしよう。次に、老人保健施設・夢くらぶでリハビリをしよう。 そして、6ヶ月後を目安に家に帰ろう。」

嫁は首を縦に振りました。
「家に返してあげたい。」っと。

このOさんのこと、A先生に伝えました。

10年未来のいのちを守ろうとするマインド、大切だよね。








2017年9月11日(月)

良い病院とは・その2

診療所にかかっていながら、なんで病気になるんだ!
病院に入院していながら、なんで死んでしまうんだ!
っと怒られる時代になってしまったか・・・。可笑しな時代です。

日本人は、歳を取り、病気になり、老いて、死んで行くことを考えようとしない国民になってしまったと思う。
だから、病気になっちゃうと慌ててしまうし、死にそうになるともがいてしまう。

私たちが良き医療者になろうとするのと同様に、国民も良き患者さんになろうとすることが大切だと思います。 良き医療者と良き患者さんが信頼関係を作り、良き医療を実践しようと協働することが大切でしょう。

良い病院とは・その2です。

良い病院であるかどうか判断する指標が4つあります。20年前、考えたことです。
 1.MSW(Medical Social Worker)がどのくらい働き、活躍しているか
 2.リハビリスタッフがどのくらい働き、活躍しているか
 3.医師以外のスタッフが病院運営に参画しているか
 4.患者会を有しているかどうか

昔は患者さんが若かったから、いのちを助ければ、あとは勝手に元気になっていました。
今は超高齢社会・日本です。いのちは助かったけれど、体と頭がボロボロ状態になってしまった・・・という光景、よく見かけます。

いのちを助け、いのちを元気にすることが「優しい医療」です。
そういう意味でリハビリテーションが大切で、そのリハスタッフがどれくらいいるかが体を元気にさせようとする優しい医療機関の目安になるでしょう。

医療の最終責任者は医師です。
だから、医師に大きな裁量権を与えられて、医師は頑張っています。
しかし、医師が良かれと思って提供する医療サービスが、必ずしも国民が望んでいる医療サービスであるとはかぎりません。 ミスマッチすることがあるのです。

ですので病院運営する際、医師だけで運営するとミスマッチに気付き難くなる危険性があります。 医師以外の方が病院運営に参画することが大切だと思います。
たとえば、看護師長が副病院長に、社会福祉士が理事に参画する、などが目安になるでしょうか。

良い医療は、医療者側だけで作るものではなく、患者さんと共に作るものです。
医療者と患者さんが信頼関係を作り、双方向性で優しい医療を作ることが大切になります。
その患者さん側の組織が、患者会となります。患者会があるかどうかが良い医療機関であるかどうかの目安になるでしょう。

日本を代表する亀田メディカルセンターの場合
MSW(Medical Social Worker)もリハスタッフもウジャウジャいます。
組織がかなり大きいので様々な職種が運営にタッチしているでしょうし、弁護士が助言者として運営に影響を与えています。 また、亀田医療大学ができたので、看護師の医師に対する相対的地位も向上してきているでしょう。

亀田の患者会、存在していないと思います。
乳癌の会など疾病ごとの患者会はありますが、患者さん全体を代表する組織された患者会がありません。 時代の先端を行く亀田さんは、あえて患者会を作ろうとしていないのでしょうか。

じゃあ、松永醫院はどうなのか
相談員の清水さん、頑張っています。

PTの嶌田くんを始め、リハスタッフがデイケアを運営しています。
うちのデイケア、食事も風呂もついていませんが、人気があります。

笑顔グループの幹部会、月1回開かれています。20名弱の幹部の中で医師は私一人。
民主的に運営しているつもりです。怒らないようにしています。怒らない!よ。

患者会、名は「コットン」となっています。会長は高木みわこ先生です。
本来の患者会としての働きまでは機能していませんが、患者さんと共に良き地域医療を創り上げたいと思います。

亀田メディカルセンターは巨象、私たちはアリンコ。
アリンコである松永醫院も頑張っているのです。




2017年9月8日(金)

良い病院とは・その1

医療機関を受診するということは、いのちを授けるということだと考えています。
良い病院であるかどうか判断する指標が4つあります。20年前、考えたことです。

 1.MSW(Medical Social Worker)がどのくらい働き、活躍しているか
 2.リハビリスタッフがどのくらい働き、活躍しているか
 3.医師以外のスタッフが病院運営に参画しているか
 4.患者会を有しているかどうか

患者さんが治療の過程で体と頭と心が元気でなくなってしまった。 そんな患者さんに連れ添いながら、家族の不安を共有しながら、地域へ、自宅へつなげていく仕事がMSWです。
退院支援で、退院した後のいのちの行方にも責任を持とうとする職種です。

25年前、大きい病院でもMSWはいないのが当たり前でした。
肺炎の治療で2週間On The Bed、歩いていたジイちゃんが歩けなくなってしまった。
医師から「治療が終結しました。退院です。」と言われ、不安げになっている家族から「お世話になりました。」と言い、山の中の老人病院へ消えていく・・・。

20年前、大きい病院なのにたった一人のMSW。
MSWの仕事は、出口があったら、どんな病院でも退院先が決まれば一丁上がり!の世界。
退院した後のいのちを守るという優しい医療などありませんでした。

20年前、亀田総合病院では、このMSWがドンドン増員されていました。
MSWは、優しい医療には必ず必要な職種なのですが、直接お金を生み出す職種ではないのです。 だから、MSWの有難さを病院経営者が理解することは難しかったのです。

今じゃ、亀田総合病院にはMSWがウジャウジャ。日本を代表する、世界に通用する病院となっています。 そんな優秀な病院がこの安房地域に存在することはとっても有難いです。

しかし、患者さん御自身の「自己決定の尊重」が踏みにじられる、「家に帰りたい」と言う患者さんを家に返させない、高齢者虐待の日本になってしまっています。
「自己決定の尊重」を最も大切にしないといけない職種MSWが大切にしていない。
お・か・し・い!

MSWには、先ずは病識を持って頂き、今後の活躍を期待したいです。




2017年9月5日(火)

MSWは誰の味方?

病院医療は終結し病気は良くなったが、なぜか食べられなくなってしまった。
上部内視鏡検査をしても特に所見も無く、食べられなくなる原因がない。

肺炎の治療で2週間On The Bedとなり、足腰がフニャフニャ。
歩いていたジイちゃんが、歩けなくなってしまった。

あなたが医師ならどうします?

昔なら、「病気は良くなりました。ですので退院です。」と有無を言わせず退院させました。
患者さん、御家族は「お世話になりました。」と言い、不安と共に退院して行きました。

今なら、退院支援室のMSW(Medical Social Worker)が家族の不安を聞いてあげながら
「自宅へ退院しますか?それとも後方病院か施設に移りますか?」と聞き、患者さん自身は自宅へ退院することを希望していながらも後方病院へ移っていきます。

誰のための退院支援、御本人は自宅へ、家族は不安で後方病院へ。
日本は自己決定の尊重が無視され、家族の不安、ワガママが優先されてしまう国です。
高齢者に対する人権・尊厳無視、人権侵害、虐待だと考えています。

今のMSWはおかしい!間違っている。っと思う。
MSWは、このことをどれくらい自覚しているのだろうか。
誰のための退院支援かわかりません。

入院する前と治療が終った後の状態が違うと、歩いていたジイちゃんが歩けなくなった
家族は自宅へ帰ってくるのが不安で、自宅で過ごせるのかどうか当然心配になります。

東京ならすぐに特別養護老人ホームへ入所することができませんので、家族が不安のまま自宅へ退院し、ゴソゴソ動きながら約1ヶ月で元の状態に戻ります。

田舎なら高齢者に対しての療養ベッドが多いので、「何かあったらどうする!」と声が大きくてワガママな家族ほど1ヶ月ほど待てば特別養護老人ホームへ入所できます。

都会と田舎、どちらのほうが高齢者にとって良い環境なのだろうか。
介護施設が多いことが良いことなのかどうなのか、介護施設が誰のための施設になっているのか、私たちは省みる必要があるでしょう。

自宅で過ごせるのかどうかは、自宅へ戻らなければわかりません。
退院する前に自宅療養できるかどうかの判断できるスケールはないのです。
ただ、私の経験則、無理と思っていても80%の確立で自宅で過ごすことができます。

80%が在宅復帰可能であるということは、だいたいの高齢者が自宅で元気になることができるということです。 やってみれば、できちゃった。ということです。
それが在宅マジックだと思います。家に帰るだけで元気になる方が多いです。

病院での抑制を外し、点滴をやめて、ベッドから離れて、足底を床に付けてゴソゴソするだけで元気になってきます。 足底のツボを刺激すると胃腸が動き出し、排便が促され、食欲も出てきます。

にもかかわらず、自宅に帰りたがっているおジイちゃん、おバアちゃんを自宅へ帰すチャレンジさえもしないで後方病院、施設にリハビリしに行こうなどのウソを言って移動させているのが現実です。2週間ほど前には自宅で普通に過ごしていたのに・・・です。

MSWは誰の味方だろうか。
私が一番おかしいと思うことは、こんな立派な日本を作って下さった高齢者の自己決定の尊重を無視することです。 人権・尊厳無視、人権侵害、虐待です。

退院支援、誰のためなのか、そしてどこに向かって進んでいるのだろうか。
昔のように、「病院治療が終りました。退院です。」と家に退院させたほうが良いような・・・。




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