~ 理事長のブログ ~

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2022年11月28日(月)

NEW!! アジア健康長寿イノベーション賞2022

アジア健康長寿イノベーション賞2022、私が住む南房総市千倉町平舘が受賞しました。
国際賞ですので、スゴイことです。テクノロジー&イノベーション部門、コミュニティ部門、自立支援部門の3部門があり、その中のコミュニティ部門で最優秀事例に選ばれました。



「アジア健康長寿イノベーション賞2022」受賞団体決定のお知らせ:中国、日本、タイの8団体が受賞 | 日本国際交流センター Japan Center for International Exchange (jcie.or.jp)

2019年に健康寿命をのばそう!アワードという厚労省の賞で入賞しましたので、日本を代表するコミュニティに選抜されたことになります。そして、今回の受賞で世界を代表するコミュニティにも選抜されたことになりました。スゴイことです。

アジア健康長寿イノベーション賞の授賞式が、11月8日300年に一度の皆既月食の夜、東京タワー近くのホテルで開かれました。そして、翌日11月9日水曜日、中国、韓国、タイ、マレーシア、シンガポールから来た受賞者達が、なんとこの平舘に視察に来たのです。

どこでもありそうなコミュニティ・平舘へだてHEDATEが、なぜ突出しているのか。
カリスマ区長がいるから、カリスマ保健師がいるからだけではない。区長を支える会計、区長代理の仲間がいて、ボランティア、区民の皆さんが各々にモータになっているからです。

11月9日水曜日、アジア健康長寿イノベーション賞の受賞者たちが平舘に来られたのが午後1時半ごろ。閉校しましたが、私の母校である忽戸(こっと)小学校の体育館で歓迎セレモニーが開かれました。平日の午後にです。

石井市長をはじめとする南房総市職員の協力を得ながら、主体は平舘地区が、挨拶、グランプリ賞報告会、紙芝居、ラジオ体操などの催し物をし、ユーチューブ「平舘チャンネル」の紹介、植樹会、そして山車を繰り出しておもてなしをしました。

区長が平舘青年会に協力を要請すると、青年団長が気持ちよく承諾。すると、社会の中の最前線で働いているはずのおっさん達が祭りのカッコでこんなにも集まり、協力してくれました。この一体感が平舘力であり、そのパワーはスゴイと思う。

11月9日水曜日は快晴、小中学校も一斉研修という午後から学校が休みとなり、多くの子供たちが歓迎会に参加してくれました。もちろん、子供のお母さんたちも多く参加してくれました。平日の午後に、盛大にお祭りが始まりました。この一体感、スゴイことです。



平舘へ来房した海外からのお客さんは、この歓迎会を喜んでくれたようです。植樹した桜の成長も、YouTube平舘チャンネルで観ることができます。是非、10年後どのくらい桜が育ったか日本・平舘に来て頂きたいです。その時には、平舘が世界の理想のコミュニティになっているでしょう。


2022年11月25日(金)

NEW!! アンナバレエ2022

2022年11月20日は、松永家にとって特別な節目の日です。
アンナバレエスタジオのバレエの発表会が、南総文化ホールで開かれたのです。
子供たちが、化粧をして、衣装を着て、煌びやかなステージで踊り輝いた約3時間半でした。



当日はあいにくの雨でしたが、多くの方が来てくださいました。
コロナ禍であってもバレエスタジオからオンラインで発表してきました。今年は南総文化ホールの1000名収容できる大ホールで開かれ、人が魅える芸術だと改めて実感しました。

ココロの中学校の校長先生も来てくださいました。忙しいのに、流れる石です。
ココロが習っていたピアノの先生も来られました。同じ芸術、見る目があります。
芸術はなくても、人は生きていけます。でも、芸術があった方のが、豊かに生きていけます。

ココロは、バレエが大好きです。8月のお盆あたりから発表会の練習が始まり、練習がお休みなのは月曜日と土曜日。平日は、早ければ午後5時から始まり、終わるのは午後11時過ぎ。自宅へ帰り食事をして風呂に入り、ベッドに入るのが午前0時を回ってしまいます。
日曜日は、午前9時に家を出て、家に戻るのが午後6時過ぎでした。

一つの舞台をみんなで協力しながら踊り切る。そのために、バレエスタジオの子供たちは、親の協力を得ながら一生懸命にレッスンしてきました。犠牲が大きければ大きいほど、より大きな達成感を得ることができるでしょう。先生方も、子供も親も、本当に頑張った。

中学1年生になったココロは、初めてグランパドドゥで男性の先生と踊りました。
私以外の男性に抱えあげられるのは初めてだろう。すこし大人びて見えました。
千倉中学の試験前日にもレッスンしていた甲斐がありました。

アンナバレエ、東京のバレエスタジオにも勝つバレエスタジオです。なんでもかんでも東京に集中する現在、南房総の田舎から東京にチャレンジし入賞しています。何よりも、挨拶、礼儀を覚え、犠牲を払いながら一つのことに集中する大切さを教えて頂いております。

千倉中学サッカー部、県新人戦で決勝戦まで勝ち進んでいます。この土曜日が決勝戦です。
名もなき千倉中学が進撃しているのです。ワールドカップ、日本対ドイツ戦、前半だけを見たら完敗。でも、諦めないこと、信じることが大切です。また、奇跡が起こるかも。


2022年11月14日(月)

長野モデル

「長野」は、私にとってチョビット特別なところです。地域医療の故郷なのです。
私たち松永家が千倉に来る前に住んでいたところは、長野市です。父が外科医として働いていました。善光寺、なんとなく覚えています。自宅近くに川が流れ、散歩していました。



最近の正確なデータは把握しておりませんが
日本において寿命の短い都道府県はどこ?
青森、岩手、秋田です。寒くて気候的に厳しいところです。北海道は、入ってきません。

じゃあ、日本において寿命の長い都道府県はどこ?
沖縄、鹿児島?暖かく、穏やかな気候・風土だから。でも、違います。
なぜか、長野なのです。

長野は気候的に寒く、厳しく、かつては脳卒中など多く、短命の県でした。
それが日本一長寿の県となっています。しかも、一人当たりの高齢者医療が日本一安い県。
つまり、一番お金をかけないで、日本一長生きの県になっているのです。すごいですね。

日本一安い医療費で日本一長寿となっているハイ・コストパフォーマンスが達成できている理由として、在宅医療がすすんでいる、予防医療がすすんでいるなどとも言われています。在宅医療が伸びることは、豊かな日本を作ってくださった高齢者が望むところなのでOK。

私は、長野の最大の特徴は予防医療がすすんでいることだと考えています。
保健師が地域の中にでていきます。地域の声を聴いていますので、何が問題なのかわかり、どうすれば問題解決できるか工夫が始まります。保健師が地域の中で活躍しているのです。

もう一度医師として研修するとするならば、佐久総合病院か諏訪中央病院。ともに長野県にあり、地域医療、農村医療を実践し、地域の中で健康教室、予防医療劇を行っています。
頑張っているのは大学病院、公立病院ではなく、農協など公共性の高い民間病院なのです。

自由度の高い民間が頑張り、それを役所がサポートするというシステムが大切でしょう。
長野は教育県としても有名です。公が種を落とし、民という土で実を結ぶ。おそらく、民という土壌が肥えているのでしょう。だから、立派な実になるのです。

私は、ハイ・コストパフォーマンスな「長野モデル」を南房総で、千倉町平舘(へだて)で実践しようと考えています。これからが大切です。頑張ります。


2022年11月01日(火)

Mくん

私の大切な友人が亡くなった。。。
こいつとは一生酒を酌み交わしながら、夢を語り合うだろうと思った友人です。
人の死に慣れているはずの私の目から、止めどもなく涙が流れてきました。



松永醫院に通っていただいている、いろいろと教えをいただく人生の大先輩からの助言
「友が亡くなるほど、悲しいものはない。」と。
親が亡くなるとは違う、その意味合いをしみじみ理解することができました。

友人Mくん、千倉中学、安房高校と同じ学校へ通い、会えば話をするほどの関係でした。
北海道大学へ進学し、今では人気ナンバー1の商事会社に就職し、海外勤務をするエリートビジネスマンだったのでしょう。私とは、このあたりの付き合いはありませんでした。

私は人を覚えることが苦手で、同じクラスメイトであっても名前を憶えていない人がいました。久しぶりに会うと「お~平太!」と声をかけてくるのですが、私は「おまえは誰だ?」と尋ねています。卒業アルバムも、小学校、中学校、大学とすべてを紛失しております。

それに対してMくん、同級生のほとんどを覚えていました。どのクラブに入っていたか、誰と誰が付き合っていたかなどの人間関係、様々なエピソードを事細かく覚えていました。
生きる卒業アルバムです。

60歳を機に退職し、千倉と都会の二重生活が始まりました。また、そのような生活スタイルを目指していたこと、親の介護の問題もあり、互いに50歳を超えて千倉で会うようになりました。私の娘へのお土産もあり、娘たちも「Mくん」と言って慕っていました。

Mくん、家族を大事にしていました。妻を愛し、よくクルージングに行っていました。
子供たちを愛し、そんな子供たちも成長し、社会貢献を志しているようです。
そんなMくん、友達も大事にしていました。彼から人の悪口を聞いたことがありません。

Mくんとは、よく飲みに行きました。野球観戦、ゴルフなどにも行っていたようです。
走ることも大好きでした。私がサポートドクターをしていたロードレース千倉にも参加していました。いつか、一緒に千倉大橋の上から朝日を見たいと思っておりました。



去年の夏、事故が起こりました。ボディボードをしていて波に海底へ叩きつけられたのです。
さっきまで普通に動いていた四肢が、動かなくなってしまったのです。頚髄損傷です。
救急ヘリで搬送され、人工呼吸器管理になってしまいました。



コロナ禍、入院してしまうと会えなくなってしまいます。家族であっても、1か月に1回、30分以内となっています。そんな中、医師である私は特別にMくんの奥さんと会うことができました。今は何もできないけど、君を支えるつもりであることを伝えました。

北海道と九州にしかない脊損センターを東京から近い南房総に作ろう。障害者を含め、すべての人が自然を楽しめるユニバーサルセンターを千倉に作ろう。Mくんに必要なものを作れば、必然的に南房総が地球一いのちにやさしい地域に向かうだろうと考えていました。

Mくん、呼吸器は外れたが、鼻の先にとまった蚊を追い払うことができるのだろうか。
住んでいるところは、エレベータのついていない4階。どのように生活すればよいだろうか。
一緒に飲みに行きたい。一緒にランニングしたい。夢を語り合いたい。

何もできずに悶々とする日々。忘れかけては思い出し、心は寄り添う。
そんな時の突然の訃報、これからと思っていたところでの幕切れ。涙が流れます。
生物学的な死でなく、一人称の死。Mくん、私の心の中で生き続けていくだろう。




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