~ 理事長のブログ ~

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2020年09月11日(金)

NEW!! 大和魂

父・松永春二がよく言っていた言葉「大和魂(やまとだましい)」。大切な言葉です。
この大和魂で、現在私たちが診させていただいている90歳前後の世代の高齢者たちが、第二次世界大戦後の半世紀弱で世界一の長寿、世界第二位の経済大国を作り上げてくれました。

お国のために、自己犠牲を払いながら、戦後の焼け野原から世界が驚き、憧れる経済大国を作って下さいました。これは、奇跡だと思います。
特に男性諸君が、この大和魂で奮闘してくれたからです。

昭和の戦後、男性諸君が「生き残ったのだから、お国のために尽くす」と考え、モーレツ・サラリーマンとなりました。朝6時に自宅を出て2時間かけて会社へ、途中は通勤ラッシュ。仕事をしまくり、残業をしまくり、夜は営業で接待し、自宅に戻るのが午前0時を回って。という毎日を送りました。

休みになれば、1週間の疲れを取るために朝から寝て過ごす男性諸君もいました。また、登山をして夜行列車に乗りながら月曜日の朝に会社へ行く猛者たちもいました。大和魂で日本国中の男性諸君が自己犠牲を払い、高度経済成長を支え、成長感を感じながら、給料も上がった時代だったでしょう。

男は外を守り、女は内を守る。
子供がたくさんいる時代、夫は仕事に出て家族を支え、妻は子育てで家族を守りました。
一家の収入は男だけで、一家の大黒柱として大きく家族を支えていました。

男は大和魂というプライドで生きていました。負け戦とわかっていても、男のプライドをかけて戦いました。家族のために、家族を捨ててモーレツ・サラリーマンにもなりました。
「俺は男だ!」と言って、頑張っていました。「女の腐ったような奴」、もう死語でしょうか。

「大和魂」、これも死語になりかけています。
男のプライドを守るために闘う必要があっても、負け戦とわかっていれば闘わない。
肉食系男子が減り、草食系男子が増え、ガッツいてくる男子が減っています。

「男女平等」と「男女対等」とを取り違えている人も増えています。
男女平等ではありますが、男女対等ではありません。男には男の特性があり、女には女の特性があり、得意不得意があり、互いに不得意を補い、互いに得意を高め合うことが大切です。

男の特性は、大和魂と言うスピリッツで自己犠牲を払い、社会につくすことです。
男のプライドを守るために、命までも捨てる覚悟を持つことです。
そんな大和魂を持つ男に、私はなりたい。


2020年09月08日(火)

NEW!! いつか行く道

台風10号で被災された方々にお見舞い申し上げます。

嗚呼、尿線が細くなってきた。。。寝たら朝までトイレには行かないけれど、トイレに行こうと思ったら暴力的な尿意が襲ってきて西銀座駐車場の片隅でタチションをしてしまったことがあります。でも、まだ、失禁したことはない。出かける前には念のたにトイレに行くようになりました。

これが歳を取るというものでしょう。しかたないことです。
初めて失禁したときの気持ちは、どう思うのだろうか。
初めてオムツを付けた時の気持ちは、どう思うのだろうか。

20年以上前、ジジ・ババ・ツアーという寝たきり体験ツアーで山中湖へ行ったことがあります。私の腰の上に人形を乗せられて「この人形、落とさないでくださいね!」と言われ、2時間放置されました。この2時間の長いこと。でも、2時間たてば解放されると思い、我慢しました。

その後、ツアーの仲間たちとオムツを付けながら反省会。「人間は動く物と書いて動物。動かないと弱って、病気になり、死んじゃうね!」と言うも、「オムツは便利!トイレに行く必要がないから最高!」と言う人はいませんでした。

反省会が進むにつれ、みんな無口になって「嗚呼~!」と言って沈んで行きました。
中には、トイレの便座に座りながらオムツ内排泄をしていた仲間もいました。
私、ずるいから、トイレの便座に座りながらオムツをずらし、便器内に放尿しました。

オムツ内に排泄することは、尊厳の花ビラをむしり取られるようなものだと思います。
いつの日か、私の生き方次第では、ご主人様に「オムツをしているのだからオムツにオシッコしなさい!」と言われてしまうかもしれません。怒った私はオムツ外しをして、アチコチで放尿しているでしょう。

2018年8月8日、突然の右目の硝子体出血。右目の奥に血がたまり、光を通せなくなり、物が見えなくなりました。ワインをグラスではなくテーブルにこぼし、車を擦りまくり、距離感がなくなりました。視野が、真っ暗⇒赤黒く⇒昆布が泳ぐ⇒ワカメが泳ぐ⇒ヒジキが泳ぐ⇒どうにか視力が0.4ほどに自然回復しました。

しかし、この数カ月で視野に膜がかかっているようになってきたので白内障が進行したのだろうと考え、亀田クリニック眼科ジュンコ先生の外来を久しぶりに受診しました。結果は、目の奥にある黄斑・網膜の前にフィブリン等が付着し、増殖膜を形成する「黄斑前膜」が邪魔をしていることがわかりました。

積極的治療は手術です。眼球を突き刺しながら網膜前にある黄斑前膜を剥ぎ取るマイクロサージャリーとなります。少しずつ症状が進行していますので、経過をみながら次回の眼科受診の時に方針を決定したいと思います。それにしても老眼が進行し、不自由になってきています。目が「上がる」、面白い言葉です。

プチ・ギックリ腰にもなりました。クシャミをするときにテーブルに手を添える、物を持ち上げる時には膝をつく、大切なことですね。車を爽快に降りていたのが、目的地に着いてもサクッと座席から脱出することが難しくなり、腰を伸ばすのに軽い痛みを持つようになりました。

目覚まし時計を少し離れたところに置いているのですが、朝目覚まし時計が鳴ってもサクッと起き上がって消しに行くのが困難になってきています。歳を取っての痛みは、錆びかけた缶からのフタを開ける時にガリガリと音がし、その後はこなれて痛みが取れるスターティングペインです。

私たちは、間違いなく人生の高齢者たちが行っている道の後を追いかけています。
目が上がり、節々が痛くなり、眼科、整形外科がはやっています。
「この道は、いつか行く道」を、遅かれ、早かれ、みんなで辿っているのです。

あと、基礎体温が36度を切るようになりました。基礎代謝が減り、若かった時のような燃え滾る身体は消えてしまったのです。。。節酒するだけで勝手に体重が減っていたのが、なかなか体重が減りません。甲状腺機能が低下してきているようで、甲状腺刺激ホルモンが6ほどに上昇しています。

人生90年、もしかすると100年時代を迎え、歳を取るたびに身体の不都合を感じるようになりました。でも、死なないです。90歳過ぎまで死ねない時代になっているのです。
不都合と上手く付き合いながら、嘆かず、100年生き切る時代を迎えています。






2020年08月31日(月)

新しい生活様式の8月

2020年8月、コロナ禍の特別な熱い8月が終わります。でも、暑い夏はまだまだ続きそうです。
8月1日に梅雨明けとなり、夏祭りも中止、花火大会も中止、BON FESTAも中止、様々なイベントが中止という薄っぺらい8月となりました。夏になればあった海の家も一軒も無くなっていました。



私のご主人様の故郷、浜松の最高気温が41.1度となり、熊谷の日本一に並びました。
どうせなら日本一になってもらいたかった思いがありますが、埼玉の人に「浜松は浜松餃子が残るからいいのでしょうけど、熊谷から日本一を取ったら何も残らない・・・」と言われました。ま、思いやりも必要!

毎年していた海水浴はしませんでした。海を横目に見ながら、往診しまくりました。
海洋性気候で夜は涼しくなると思っていたら、海水温の上昇で熱帯夜が続きました。
昼間の最高気温も35度を超える猛暑日にもなりました。クソ4つが付く暑さです。



平舘(へだて)地区のラジオ体操にも、出かけた二日間を除き娘のココロと全部出ました。
8月でありながら学校がありましたので、7時からのラジオ体操のために6時55分に出かけて7時15分に戻り、7時25分に学校へ出かける。かなりタイトで、小学生で参加していたのはココロ一人でした。



厚労省の「健康寿命を延ばそうアワード」を受賞できたのは、ラジオ体操のおかげだと思っております。退院したばかりの人を誘い元気になってもらいたいと伝え、物忘れが進み閉じこもり傾向となっている人を誘い心配していることを伝え、みんなでラジオ体操をしました。



田舎はコミュニティーが生きているので、弱り行く人がどこにいるのかがわかります。
そんな人を誘い、行く悦び、待つ人がいるところに行く悦び、自分を心配しているところへ行く悦び、つながっている悦びを感じ、互いに助け合う互助の世界が広がっております。

「おはようございます」という挨拶で一日が始まり、「またね」と言って別れる。すると、次の日が楽しみになります。そんな毎日を繰り返すと、ラジオ体操に行かねばならぬという義務感の向こうにある、ラジオ体操に何が何でも行きたくなるという思いに至ります。

8月、娘たちの誕生月です。母の誕生月でもあります。現在、なぜか長崎の島のお医者さんをやっている私の妹・ガンマーの誕生月でもあります。めでたい月です。
自宅で毎週誕生パーティーを開きました。毎週、ローストビーフをつくりました。そして、グラタンも。



数年前、友人の難病を患っているお母さんから、病気が進行するから最後のサザエご飯になるだろうと海の香りのする美味しいご飯を頂きました。病状の進行が早くないと思い、ユメの誕生日に幻のサザエご飯をリクエストしたら届きました。早速、海の幸を頂きました。最幸!



ステイホーム、新型コロナによる新しい生活様式。家族のつながりが強く・絆が強くなります。娘たちの送り迎え、食事の準備など、ご主人様にお願いすることなどを自分自身でも実行できました。でも、オンラインで行われたプライマリーケア学会がいつの間にか終わってしまいました。

インターネットを上手く用いると用いないでは雲泥の差になる時代を迎えました。
学校が休みの間にゲームをして夜更かしをしているのと、オンラインで授業をバンバン受けているのでは学習力の差が歴然です。インターネットを、うまく使わねば。

8月が終わります。
ラジオ体操、ご苦労様でした。
クソ・クソ・クソ・クソ暑い夏がまだ続きますが、実りの秋が待っています。

8月31日月曜日、朝5時のバスに娘を送りました。弁当の肉も焼きました。
夏休みモードも終了。
秋刀魚を食べて、秋刀魚パワーをもらい、実りの秋への準備です。




2020年08月28日(金)

カンタキ

カンタキ、看護小規模多機能サービスのことを呼ぶのですが、みなさんは知っていますか?
望むところで生き切ることのできるケアを地域包括ケアと言い、その地域包括ケアが推進できるかどうかの秘密最終兵器がカンタキなのです。そのカンタキを創ることを表明してきました。



自宅で亡くなる直前には、若干の医療的処置と濃厚なターミナルケアが必要です。
そのためのサービスを提供しようとすると、まず介護保険上の月額の基準限度額をオーバーしてしまいます。オーバーしてしまった部分は全額自己負担となってしまうので大変なことになります。

優しいケアマネさんは、限度額オーバーするから必要なサービスを削りましたと言うでしょう。でも、それって必要なサービスを削って良いケアプランと言えるのでしょうか。人生の最後に最高のターミナルケアを提供したいと考えているのに、なかなか提供しづらい現実があります。

そこを解決してくれるサービスが、カンタキ、看護小規模多機能サービスです。
普通はサービス利用するたびに利用料が足し合わせて青天井状態となるのですが、カンタキは包括払いです。つまり、1カ月の利用代が決まっており、その中でサービスを提供することになっています。

包括払いは細かいお金のことを考える必要はなく、最高のターミナルケアを力いっぱい提供することができます。カンタキ、「良い最期だったね!」と言える看取りを演出できるサービスなのです。在宅で看取る場合には、大きな武器となるでしょう。

小規模多機能サービスには、通いと伺いと泊まりの3つのサービスがあります。
デイサービスで通い、お風呂に入り食事を摂ります。自宅にいる時はヘルパーさんがお手伝いに行き、たまに泊りにも来る。そんな在宅生活を丸ごと支えてくれる有難いサービスです。

看護小規模多機能サービスは看護という言葉が入っていますので、看護師がより多くいて医療的処置ができます。吸引などの医療的ケアが必要な人、在宅で看取り行く人を最期まで支えることができます。独りでは自宅で最期を過ごすのが難しい人には、カンタキでスタッフが添い寝をしながら看取ることもできます。

私たちの笑顔グループは、医療法人がグループ内にありますので医療的なバックアップをすることができます。最後の最後まで、看取るまできちんと命を支え切ることができます。命を丸ごとみることにより、責任が生まれ、質の高いサービスを提供することができると考えています。



私のやっている医療は「人生丸ごと応援医療」です。丸ごとという言葉が大好きです。
いのちを守る。つまり、いのちを助け、いのちを元気にし、いのちを輝かせることです。
一つしかないいのちを、大切に、優しく、みんなで支え切ることが私たちのミッションです。


2020年08月18日(火)

お盆2020

お盆休みが終わりました。夏後半戦でしょうか。それにしても、暑い!クソが4つほど付きます。
盆には、田舎盆と都会盆があるそうです。 盆が8月にあるのは田舎盆、7月にあるのは都会盆と言い、南房総では当然8月にお盆があります。南房総は思いっきり田舎です。

千倉のお盆は、例年、3日間連続の日本一短い花火大会があります。約10分です。
そして、BON FESTAというサンバ・フェスティバルが開かれます。
しかし、当然今年は新型コロナの影響で全てのイベントが中止です。



松永醫院も、お盆である8月13日~15日を盆休みとしています。夏休みですね。
私自身は休まずに働き続けたい派ですが、スタッフを休ませて鋭気を養ってもらおうとこの20年以上を盆休み=夏休みとして来ました。

しかし、私も還暦を迎え、地球温暖化のため猛暑でクソ・クソ・クソ・クソ暑くなったため、自分自身の体力温存のためにも夏休みは必要だと考えるようになりました。
クーラーも思いっきり使うことにしました。寝ている間もソフト・クーラーしています。

本当は、クソ・クソ・クソ・クソ暑い夏には、火照った体を海水に付ければ
「夏って熱くて、気持ちが良い!」という世界が待っています。
しかし、新型コロナのため海の家は閉まり、海水浴場は自粛状態となっています。



今年、私は海に入っておりません。冷たい水を触ると細動脈が攣縮を起こし、手足が白く痛くなるレーノー症状を持っているからです。冷やし過ぎないことが大切です。
海に集まってくる都会の若人たちは、ほとんどがマスクを付けていません。困ったものです。

都会から南房総に新型コロナが運ばれてきているようです。持ち込みではなく、ルート不明な新型コロナ感染症が起こり、市中感染状態となったようです。私の施設にも新型コロナが襲ってこようとしましたが、うまく対処し、乗り切ることができました。スタッフに感謝!



盆休み、娘たちと一緒に戦争について勉強しました。とくに原爆とホロコーストに関して写真集をみたり、NHK番組を観て学びました。プリンエドワード島に行ったことがあるユメとアンネ・フランクを学びました。そして、「赤毛のアン」と「アンネの日記」をゴチャマゼにしている自分自身に気づきました。

それにしても、戦争は悲惨極まりないことが何度も襲って来ます。
男か女かわからなくなった真っ黒になった遺体、子を母親が抱き・妻を夫が抱く遺体、目が飛び出している赤ちゃん、顔の半分が吹っ飛ばされている遺体があちこちにころがっている。。。

目の前で家族が弱り、そして死んでいく風景がいたるところでころがっていました。
親が死に行く、子が死に行く。ただ、それを見守るしかない。
とっても悲しいことが起きているのに、涙さえ出ない。それが戦争でしょう。

ホロコースト、アウシュビッツ収容所で100万人を超えるユダヤ人が殺されました。
ガス室に送られる前に、最後の手紙をガラス瓶に詰め込み地中へ埋め込んだLast Message。
信じられない事実が起こり、考えたくもない、想像したくもない事実が起きていました。

そんな希望もない真っ黒い闇の世界であっても、命あればいつかは夢が叶うことができる。
そんな希望の光を求めて生きている人たちもいることを知りました。アンネ・フランクがそうです。彼女は15歳で短い生涯を終えましたが、彼女の魂は今でも世界中で生きています。

戦争、戦争当事者は思い出したくもない悲惨な事実を語ることができません。
長崎原爆で誰も生きることができないNO MAN's AREAで生き残った父の口から原爆の話を聞いたことがありません。語ることができないほどの生き地獄があったのでしょう。

父を助けてくれた同級生が翌日亡くなっていたことを、父でなく従弟から教えてもらいました。また、被爆から20年以上経って、父の背中からガラスの欠片が出てきたことを覚えています。しかし、父の口から原爆の話を一度も聞いたことがありません。

私は、父が大嫌いでした。だから、父を避け、父のいない東京でやって行こうと思っておりました。でも、私も還暦を過ぎ、父が亡くなった72歳まであと12年となり、今となればもう少し父と話をしておけばよかったかなと思うようになりました。不思議な思いです。

75年前の暑い夏を思い、二度と戦争を起こさない決意を新たにしました。
子供たちのために平和を残す。平和は与えられるものではなく、努力して守るもの。
埼玉県東松山市にある「原爆の図」の丸木美術館に行こうと思います。

あ~クソ・クソ・クソ・クソ熱い。
この熱さに新型コロナウイルスもやられてしまえばよいのですが。。。
盆休み、コロナ越えジョギングで6・66Km走りました。まだ、行ける。もっと、頑張れる!



2020年08月06日(木)

パッションフルーツ

戦争が終わったのは昭和20年、今年は昭和95年ですので、今から75年前に終戦となりました。 多くの犠牲者を出しました。唯一地上戦が行われた沖縄では多くの市民が亡くなり、長崎、広島は原爆が落とされ、一瞬にして10万を超える市民の命が奪われました。

本日、8月6日、広島原爆投下の日です。人類史上、初めて原爆が使われた日です。
午前8時15分、多くの市民が通学、通勤する時間帯に原爆が落とされました。
午前11時2分、長崎に原爆が落とされた時間です。なぜ、多くの市民を巻き添えにしたのか・・・。

戦争、絶対に起こしてはならないこと。幼い命も含め、多くの尊い命が犠牲になります。
私の両親は長崎原爆被爆者、父は爆心地から500mの誰も生き残れないNO MAN's AREAで生き残り、母は黒い雨に打たれて被爆しました。二人とも悲惨すぎて被爆後の長崎を語ろうとしませんでした。

人間は愚か。

戦争は絶対に起こしてはならないものと言いながら繰り返して来ました。
温暖化で地球が死にかけているのに、温暖化対策が遅々として進んでいません。
タバコ、百害あって一利なし。良いことが全くないのに、国が売らせています。

8月、戦争の臭いがし、夏休みで楽しくて、クソ熱い月です。ゴチャマゼな月です。
過去の戦争の臭いも次第にうすれて、新しい戦争の臭いがしてきているような気がします。
戦争の事実を知る、写真を見るだけで良いかもしれませんが、それが平和へのスタートとなるでしょう。



母の生まれたのは長崎県五島列島の黄(おう)島、現在の人口は30名ほどのようです。
五島列島の福江島には行ったことがありますが、黄島には行ったことがないです。
いつか、一度、母の生まれ故郷へ行ってみたいと思います。

私の住み南房総市千倉町平舘(へだて)地区と赤丸・急上昇で仲が良くなっているところが、
口永良部(くちのえらぶ)島という鹿児島県屋久島の東にある小さな島です。同じ太平洋でつながっております。その口永良部島から、とっても美味しいフルーツが届きました。

風邪をひいた時のクシャミ・・・それは、ハクション
興奮し、血圧が高くなる・・・それは、テンション
オッサンがそこいらの塀でする・・・それはタチション(ご主人様から叱られるかな)

南国トロピカルなフルーツは、パッションフルーツ、トロピカルなイチジクです。
自称グルメでいろいろなものを食べてきた私ですが、生まれて初めて食べました。
甘酸っぱい、トロピカルな、初恋の味がしました。

名前が良いですね。パッション、ハクションではなく、情熱という意味合いが入っております。
マインドとか、スピリッツとか、パッション。ココロが入っており、私の好きな言葉です。
そのパッションとビタミンIアイがたっぷり入っているトロピカルフルーツを食しました。



贈って下さった方は、兼子宮司さまです。心清らかな女性です。
昨年の房総半島を襲った台風15号で知り合うことができました。大切にしたい関係です。
何か、失ってはいけない、大切に残さなければならないものを教えてくださります。

2020年08月03日(月)

2020梅雨明け

8月1日、長い梅雨が明けました。そして、猛暑が始まり、台風が来ます。
100年に一度の豪雨が、毎日これでもかと1週間毎日降り続き、大きな被害を受けました。 地球温暖化現象によるものでしょう。梅雨前線による大雨の怖さを思い知らされました。



次は台風の季節となります。昨年の房総半島を襲った台風による被害が癒される前に、今年の台風が襲って来ます。 瓦が飛び、屋根が飛び、ブルーシートの世界となりました。まだまだブルーシートだらけで、雨が降るたびに雨漏りし、カビが生え、家が朽ち果てています。

ブルーシートの家、住もうと思えば住める。しかし、3年後に住んでいるかというと無理。
高齢化率45%の地域で、今更、数百万円のお金をかけて家を修理するのは無理。
数千万円のお金をかけて新築の家を建てるのは、もっと無理。

災害があるたびに、高齢者は地域からいつの間にか消えて行きます。
そして、新型コロナ感染症、100年に一度の感染症が襲ってきています。
私たちは、この危機をどのように乗り切り、未来へつなげて行けるのでしょうか。





私の住む安房地域で、新型コロナ発生しました。2件目です。
亀田歯科センターの歯科医師が新型コロナ感染とわかり、大騒動となりました。
その歯科医師は、東京在住のウィークデイは亀田歯科センターで働く常勤医でした。

日曜日、何か調子が悪く37度台の熱発で、風邪でも引いたかなぐらいでした。
月曜日、身体の調子は良くなってきているが念のためPCR検査をしてみたらコロナ陽性と。
亀田では、軽い風邪かなと思うぐらいの症状でも、念のためPCR検査を行うそうです。

新型コロナ感染症の臨床症状は多彩で、無症状、軽い風邪かなと思うぐらいもあれば、肺炎となり人工呼吸器、エクモ(ECMO)管理になる場合もあります。そして、厄介なことは発症二日前から感染力が強いということ。知らない間に他の人にうつしてしまうことです。

今回の亀田歯科センターの場合、新型コロナ感染症であることが分かったのは月曜日、発症したのはその前日である日曜日、感染させる可能性があるのは発症二日前からなので金曜日と土曜日となります。その二日間で診療した患者さん61人が濃厚接触者となりました。

互いにマスクを付けていれば、濃厚接触者、ハイリスクグループに入ることはないです。
しかし、患者さんは歯の治療に来ていますので当然マスクを付けていません。そのため、歯科治療を受けた患者さんたちは濃厚接触者となり、14日間の観察が必要となりました。

今回の新型コロナ陽性となった歯科医師は、非常にまじめ歯科医師だそうです。東京との行き来があるため、人込みを避け、自制した生活を送っていたのにもかかわらず、ルート不明の新型コロナ陽性となってしまいました。真面目な人柄で、標準予防策をきちんとっていたので、2次感染は起きませんでした。

今回の亀田歯科センターの新型コロナの件、きちんとPCR検査を行い、その結果をすぐに公表し、適切に対応したおかげで、被害を最小限に抑え込むことができました。風評被害が怖かったのですが、亀田、医師会などが市民に適切な情報を流すことにより、混乱を収束する方向へ導くことができました。

日本を代表する医療機関となった亀田メディカルセンター、その亀田総合病院の院長が世代交代をして若き院長先生となった亀田俊明先生から一連の新型コロナ事件の説明がありました。スタッフを信じ、スタッフを守ろうという優しい語り口に、未来を感じました。

まさか、東京からの医師が夜の繁華街へ繰り出し、南房総へ持ち込んだのでは・・・
と思った自分自身を反省しています。朝からNHKで夜の繁華街のニュースが流れ、末娘のココロから「キャバクラって何?」と聞かれます。キャバレーとの違いは?何でしょうかね?


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