~ 理事長のブログ ~

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2019年01月18日(金)

NEW!! 一人の百歩より百人の一歩

昨日、1月17日。平成最後の1月17日木曜日です。
早いものです、1月中旬から下旬となります。今年も残すところ350日ほどとなりました。
走っていると長く感じられることが、振り返ってみると早く感じられます。



阪神淡路大震災が起きたのが1995年1月17日のことです。今から24年前になります。
その時の早朝、今でもくっきり覚えていますが、テレビをつけてみたら高速道路が折れて横倒れになっている風景が静かに目に飛び込んできました。

その頃、私は東京の病院に勤務していました。そして、私が医療ボランティアとして神戸へ向ったのが、震災から1週間後のことでした。1週間、私が留守にしている間を調整する期間です。新幹線に乗って到着した大阪は、何も起きていなかのような普通の風景でした。

しかし、阪神電鉄で青木(おおぎ)という駅までしか通っていませんでしたが、その駅を降りて現地に歩いて行く途中の風景、二階建て家の1階部分が壊れて、圧迫骨折状態でした。
1階で寝ていた人たちが圧迫死したり、クラッシュシンドロームになったりしました。

「生きとったぁ~!」と久しぶりの対面で、涙を流しながら抱きしめ合う神戸市民たち。
地震後の火災で肉親を亡くし、助かったことを「ゴメン、ゴメン」と悔いる神戸市民たち。
自分の親を震災で亡くしながらも家に帰らず、不眠不休で医療活動をした仲間たち。

何もないことの有難みを教えていただきました。
つながりが大切であることを教えていただきました。
「あの刻(とき)のことを 忘れない」 重たい言葉です。

1995年、この阪神淡路大震災以外にもオウム真理教によるサリン事件がありました。
そして私にとっても重たい年になっております。父・松永春二が交通事故を起こし鴨川の大病院に入院し、身体も頭も壊れて行きました。

つまり、1995年は私が千倉へ戻るきっかけとなった年になります。
当初、松永春二・松永医院を閉院するために患者さんの紹介状を書きに戻ったつもりです。
結局、1997年に父・松永春二が亡くなり。私が、松永医院を継承することにしました。



1月18日(金)、年1回笑顔グループスタッフに私の思いを伝える日です。
夜6時30分から館山にある老人保健施設・夢くらぶでお話しをさせて頂きます。
スタッフ全員なので、保育室も開けて、相当の数のスタッフが集まります。

かつて亀田メディカルセンターから来た研修医が、「先生のやっている医療は素晴らしい!しかし、現場のスタッフ全員に先生の思いが伝わっているかどうかわからない。だから、年1回は先生の思いを伝える日を作った方が良いです。」と助言を受けました。

私は素直ですので、実行しました。今年で何回目になるでしょうか。
10回目ぐらいでしょうか。私の思いを150人を超えるスタッフが聴いて、思いを共有していただき、患者さんが少しでも元気になり、笑顔が増えるよう、より良いチームケアを提供したいと考えます。

一人の百歩より 百人の一歩

その他にも、安房医師会理事としての次年度の計画を考えなければなりません。
私の母校である忽戸小学校の再利用に関しても、検討しなければなりません。
やること山盛りです。ギアアップしながら、一日32時間365日垂直登坂をしたいです。


2019年01月15日(火)

NEW!! 東京大学安田講堂

今から50年前、1969年1月18日、東京大学安田講堂事件がありました。
その安田講堂をぶっ壊した学生達が、50年経った今、未来を語るために安田講堂に再び集まりました。 東京大学もよくぞ安田講堂を貸してくれたものだと感心します。





東京大学、Universityです。学問の府です。知的な、荘厳な雰囲気があります。
私の母校、東京医科歯科大学、御茶ノ水駅のすぐそばで便利ですが、キャンパスはなし。
一応UniversityとなっていますがCollege、医師養成学校と言っても良いかもしれません。



特定非営利法人 在宅ケアを支える診療所・市民全国ネットワーク

学生運動、今となっては死語です。政治のことを語る学生はごく僅か、絶滅危惧種です。
かつて私が学生のころ、私が卒業した大学は二つ、一つ目の大学のころは酒を飲み交わしながら生き方、政治のことを机を叩きながら、唾を飛ばしながら話したものでした。

二つ目の大学のころ、医学生なのですが、バイトがあるからと言ってみんなが集まる機会は減り、呑みに行こうといってもカラオケに行ったりと、自分の思い、考えを吐き出す機会はほとんどありませんでした。上っ面でしかつながっていないような感がしました。

学生運動、私が大学に入ったころは既に絶滅状態でした。
総合大学の構内には、「勝ち取る」とか「闘う」という文字の入った看板が散見されるぐらいでした。何か異国の風景を見ているような気がしました。

学生運動、何か危険な活動をしているようなイメージがあります。
学生運動、何かぶっ壊して、新たに良いものを創ろうとする運動のような気がしました。
学生運動、理想のため、人間としての誇りを守るため、敢て滅びる美学を求める運動をしたような気がします。

学生なのに、日本を変えようと活動しました。
いや、いや、世界革命を起こそうとしていたのです。
今となれば絶滅種です。それが、現在70歳前後の団塊世代の青春時代だったのでしょう。



「2019団塊・きみたち・未来」というテーマでした。
東京大学安田講堂事件から丁度50年という節目ということもあり、面白い論客が集まりました。 医師だけでなく弁護士、教授、社会活動家、国会議員も参加し、鎌田實先生が最後を〆ました。



私が尊敬する、介護の世界のスーパースターである三好春樹さんも語りました。
三好さん、高校中退です。あんなに優秀なのになぜ高校中退なのか。
座長をした中嶋先生、千倉に来て一緒にアワビを食べたのですが、国立大学医学部中退です。

その理由がわかりました。「自己否定」です。これは滅び行く学生運動においては大切な行動だそうです。 傷つき敗れていく仲間がいる中で、自分だけが権威を持ち、力を持つわけにはいかないと、敢えて中退をして地べたにもどり、生きて行くという行為だそうです。

滅びの美学、反骨精神、自己犠牲、人と違う生き方を狙う、プライドを一番大切にする生き方
私が求めたい生き方です。
私の先輩たちには、そんな生き方をした方が多くいました。



そんな武骨な人たちが集まったこの会に、若者が非常に少なかったことが気になります。
東京大学で行われたのに、参加した東京大学の学生はたったの一名。
一人いて良かった。。。とも考えられます。

次第に戦争の臭いがしてきている日本で、何かをしなければならないという思いを持った会でした。

2019年01月11日(金)

夢くらぶの正月

昔は、正月だからといって家に帰る必要もなく明治神宮を参拝し、大学入学式あるいは卒業式だからといって親は出席しませんでした。子供が多く、行事に参加できなかったからです。
今は、子供が少なく、家族力が低下しているので正月は家族全員が集まるべきだと考えています。

ほとんどのおジイちゃん、おバアちゃん、人生の最期を自宅で過ごしたいと願っています。
しかし、在宅死亡率は異状死を含めてたったの約13%。ですので、自宅で家族に囲まれながら看取られるのはおそらく8%ほどと悲惨な状況です。

施設はドンドン造られ、家に帰りたいと言っているおジイちゃん、おバアちゃんが収容されて行きます。ならば、自宅で過ごすことのできるシステムを作ろうと考えて、創ってきたこの20年です。望むところで生き切ることのできる社会を創ろうと努力して来ました。

自宅で過ごす高齢者にとって、正月など関係なく毎日が毎日です。
でも、スタッフのことを考えると、正月ぐらい家族と過ごしていただきたいと考えます。
家族を守るために仕事をし、逆に家族に支えてもらえながら仕事をすることができます。

デイサービスセンター「あそぼ」、日曜日も、夏の暑い盆でも運営しています。
ヘルパーさん、訪問看護師さんが、土、日、休んでもらうためにです。
在宅療養困難な患者さん、日曜日、「あそぼ」を使っていただき、支えるためです。

デイサービスセンター「あそぼ」が唯一休むのが、年末年始だけです。
じゃあ、その年末年始、在宅療養困難な在宅患者さんを支えるのは誰ですか?
それは、老人保健施設「夢くらぶ」なのです。





正月を含めての年末年始、在宅療養困難な患者さんは「夢くらぶ」にショートステイしていただいております。年末年始の約1週間、自宅で過ごすことが危ない、かなり弱ってしまいそうな患者さんは、サービスが手薄になる年末年始を「夢くらぶ」で過ごしていただきます。

認知症対応型小規模デイサービス「おかげさま」も、年末年始はお休みです。
認知症で独居、昼夜逆転しそうな人、徘徊しそうな人、食べることを忘れてしまった人
これまた、「夢くらぶ」へショートステイします。





「夢くらぶ」にとっては、在宅療養困難な日頃利用していない人が突然ショートステイに来ますので大変です。馴染みの空間、馴染みの人間関係ができていないので、混乱します。
特に認知症の人は、なにがなんだかわからなく不安になり、朝から寝るまで帰宅願望です。
認知症で独居のオバちゃん、典型的アルツハイマー型認知症で進行しています。
食べることを忘れているので自宅にいると何も食べないで布団でゴロゴロ、昼間寝て夜ゴソゴソしているので昼夜逆転となってしまいます。そのおバアちゃんがショートステイ。

「ここは、どこ?」「何で、ここにいるのですか?」「家に帰してください!」
「なぜ、帰してくれないのですか?」「私、何か悪いことをしたのですか?」
「とにかく家に帰して下さい!」

こんな会話を、朝から夜遅くまで、時には深夜にまで永遠にしています。
しかも、あちこちで失禁し、便失禁までしています。
そんなおバアちゃん、おジイちゃんが多くショートステイする年末年始。





正月関係なく在宅支援施設として、リハビリをして在宅復帰を目指し、ショートステイしながら在宅療養を支援している老人保健施設「夢くらぶ」に感謝します。
しかも、「夢くらぶ」では山羊を飼っており、そんな山羊を飼っている老人保健施設は日本ではたったの2つ。スゴいでしょ!




2019年01月08日(火)

年末年始オチャラケ2019

約40年前、私が安房高校を卒業し、お江戸で初めて住んだ街が新宿二丁目。
伊勢丹があるのは新宿三丁目、隣です。新宿二丁目は夜の町、LGBTの街です。
その頃は銭湯の時代、お風呂に入っていると女性が・・と思ったらオチンチンが付いている。。

その下宿、大学からの紹介・・・。田舎から出てきた少年平太は全てに驚きました。
アパートというより襖の下宿部屋、女禁の男のみ、しかも門限が夜10時半。危ないから。
通学路が高野パーラー、紀伊國屋、伊勢丹がある新宿通りでした。スゴいでしょ!

そこに昔からある焼き肉レストランがあり、40年経った今も流行っております。
気になって、気になって、一度食べてみたいと行ってみたら行列、未遂に終ること数回です。
とうとう、2018年年末、食することができました。名前が長春館という韓国焼き肉やさん。



それでは、年末年始に食したものを紹介
お茶の水、文豪が執筆するために泊ったという丘の上ホテル
そのかき揚げ天丼、海老がタンマリ入っていました。



2018年年末、松永醫院の大掃除の時に食べた 年越し鍋焼きうどん
うすやさん、ご馳走様でした。美味しかったです。
村田屋さん、ご主人が骨休めとのことで、来年はよろしくお願いします。



うどんを食べたあとは、正月、やはりミカンでしょ!



年末、ご主人様と鉄板焼きをお江戸に
はじめのビール



イカと下仁田ネギのソテー
この下仁田ネギのソテー、絶品でした。



牛肉ソテーはプロの味、流れる石です。



〆はやっぱりガーリックライス!最幸!



そして、正月が終り、体重76Kg。正月太り、例年3Kg、今年は2Kgに抑えられました。
人間弱い・・・。思うようにならない・・・。それが人間。
2019年に入り、フンドシの紐を締め直し、今週から糖質制限スタート。

リンガーハットの野菜スープと餃子


2019年01月03日(木)

2019年正月

2019年元旦は年賀状作成で始まりました。
プリンターの調子が悪くなり新品に取り替え、例年は写真を多く入れて作っていたのを
今年は文章のみの年賀状にしました。みなさまにも紹介します。




 明けましておめでとうございます。

 昨年中もおかげさまで家族みな元気に一年を過ごすことができました。
私自身は突然の硝子体出血で右目が手動弁状態となり、本を読む気にもなれませんでした。
おかげで、健康の有難みを知ることができました。
真美子は老人保健施設・夢くらぶの施設長として100名もの人生の大先輩達の命を守り、元気にしてくれました。大変だったと思います。
長女の夢は中学3年生となり、卓球部活動と受験勉強で頑張っています。
末娘の心優(こころ)はバレエコンクールに向けて気合いが入っています。
それぞれに目標を持ち、努力し続けることが大切になります。

 平成の時代30年が終ろうとしております。まさに平らに成ることを目指した時代だったと思います。バブルで始まり、お金を持てばおそらく幸せになるだろうと思いました。しかし、現実は逆です。みんなが平らに成ることを目指し、頑張らない選択肢が与えられた時代だったかも知れません。
 人生の目的は、「幸せ」になることです。「幸せ」は身の回りに落ちていて、気付いて、拾い上げて、堪能することです。そろそろ、幸せを求めて、貧困の中で、豊かな貧しさを求める時代になっているような気がします。
絆と不便を求め、田舎暮らしを求める時代になっているかもしれません。
もう安さを求めて貧困になるのではなく、それ相応の負担をしながらみんなで幸せを求める時代になっていると思います。

 テレビゲーム、楽しいけれど悦びではないです。幸せになる力はゼロ。
マラソン、走っている時は辛いけど、走り終ったら悦びに変わります。
人生という辛いマラソンでミッションを成就する度に、悦びに変わり、幸せになって行きます。 「辛」と「幸」は似ている言葉で、繋がっているのです。

 「幸せ」は、自分独りだけなることはできません。だから、回りに「幸せ」をドンドン配り、「幸せ」の輪がドンドン太くなり、みんなが幸せになることができます。これを、社会貢献と言うのでしょう。そして、いつかは自分自身も幸せになることができます。今年は、社会貢献のために努力し続けます。

 2019年 元旦


娘からは「2019年 元旦」は元旦に届く年賀状に入れる文章だと教えていただきました。
知りませんでした。しかし、無視して、というより余裕なく年賀状を出しまくりました。
受験生の娘、御社と貴社の使い分けのように国語力は私の上を行っています。

「平成最後の」という言葉が流行っていますが、「昭和最後の」という言葉は禁句でした。
昭和天皇が膵臓の病気を患い、いつ亡くなるか分らないため禁句になっておりました。
今回のように生前に次の天皇へ譲位することは平和に成ることで、平成ですね。



2019年、穏やかな三が日になりました。
テレビでは駅伝が放映されているようですが、観るとダラダラの一日になってしまいます。
正月の間はアルコールOK、日が暮れるのを待ちカッポレスタート。しかし、今年は節酒します。

この一年が実り多き一年になるよう努力します。


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