~ 理事長のブログ ~

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2021年05月03日(月)

NEW!! 平成の時代が終わった

25年以上通っていた東京の病院を辞める決意をしました。
平成の時代が終わった。。。



平成4年、私が東京医科歯科大学を卒業した年です。
その当時、医学部を卒業したら大学医局に入るのが当たり前で、医局以外の道を選ぶのは稀でした。私の同級生で医局以外の道を選んだのは、卒業生86名中なんとたったの1名です。

その同級生の名は「ボク」。変わった奴で「ヘータ」とも言います。
一度大学を卒業した後、医学部に入りなおしておりますので、少々歳を取っています。
でも、大学中退、卒業生が30名ほどもいた中で、学卒で一番歳が若かったのが私でした。

大学に残ると、臨床、教育、研究が3本柱になります。昼間は病院で臨床を行い、夜9時ころに研究棟へ行き深夜まで実験を行う毎日が待っています。私は遠回りをした分、ノーベル賞をあきらめ、早く地域医療を極めたい思いがあり、大学を出ることを決意しました。

そして、大学を出て入職したのが全日本民主医療機関連合会(通称:民医連)、赤い病院と言われ共産党関連の医療機関でした。健和会という医療法人で、みさと健和病院、北千住にある柳原病院がセンター病院となっています。ちなみに、私は共産党員ではないです。

学生時代に住んでいた江戸川区小岩から通えて、先端医療ではなく地べたの地域医療を、専門医ではなく何でも診る総合医を目指し、病院だけではなく地域の中に入り込んで地域医療を行いたかったからです。また、民医連の考え方に違和感がなかったからです。

同期の研修医はいなく、私独りボッチでした。仲間がいないのは寂しいものです。
主な研修病院は、北千住にある柳原病院という隅田川と荒川に囲まれた地域の病院です。
父がぶっ倒れて千倉に戻っても、私は毎週水曜日に、この柳原病院へ通っていました。

開業医は日進月歩の医学に乗り遅れやすく、医学的バランスを維持することが難しく、カビ易く、腐り易い。ならば、医学の窓を開き、外の空気を取り入れ、バランスの良い知識を保ち、新しい医学的知識をえるために東京の病院へ毎週水曜日、研修に通いました。

結局、東京の病院へ25年間以上通いました。25年以上、結構な長さです。
これだけの長さ、千倉と東京の間を行ったり来たりできたのは、私を待つ患者さんがいたからだと思います。目の前の患者さんを振り切って千倉に戻ることができなかったからです。

目の前の患者さんの10年未来の命を守ること、これが私の信条です。
普通の医師は、研修という理由で目の前の患者さんを振り切って次の研修病院へ移って行きます。でも、私にはこのことができませんでした。



私は、父・松永春二の跡を継いだヘッポコ二代目町医者です。私の主戦場は、千倉です。
千倉が主ですが、週1日・水曜日に東京へ行き隙間をつくってきました。千倉にとっては、水曜日は松永平太がいないので空白の一日になっていました。

私が千倉に戻ってから、通所サービス、グループホーム、老人保健施設などの介護保険サービス事業所を創って医療と介護の連携を図り、良いチームケアを目指してやってきました。
より良い理想のチームケアを目指していますが、それには時間が足りません。



今、私が一番問題だと思っていることは、医師会活動が未熟であることです。
狭義の地域医療に留まるだけでなく、地域の人と行政と一緒になりながら地域共生社会の実現を目指し、子供たちが豊かな人間になるよう教育の場にも出て行きたいと考えます。

今の私、時間が足りないことが問題です。千倉にドップリつかる時間をもっと作ることです。
還暦を過ぎた私は、そろそろ松永平太の理想の医療の集大成を考える時期が来ています。
そのために、週1回水曜日の東京研修を辞めることを決意しました。

東京の患者さん、私がいなくても川人先生、山内先生がしっかりと診てくださります。
25年という重みを感じますが、これから行うべきミッションを考えると決断すべき時が来たのだと思います。私にとって、実りある平成の時代が終わった感を持ちます。


2021年04月30日(金)

NEW!! ワクチンうとう!

土曜日、とうとう新型コロナワクチン「コミナティComirnaty」を接種しました。
コミュニティCommunityと免疫Immunityから名がつけられたようです。
5月になればモデルナ社のファイザー同様のmRNAワクチンが認可されるでしょう。



もう一度。

インフルエンザワクチン接種したのにインフルエンザにかかったと患者さんに怒られます。私は、「インフルエンザにかからないのではなく、インフルエンザにかかっても軽く済むために接種するのですよ。」と説明します。重症化予防のためです。

効いているような、効いていないような、チョッとだけ効くのが、ワクチンのイメージです。
ところが今回の新型コロナワクチン、接種すると98%がかからなくなり、肺炎、入院を回避し、ほぼ100%重症化予防することができます。強烈に効くのです。

モデルナ社の新型コロナワクチンも、ファイザー社のものと効果が同じで強烈です。
日本のタケダ社と組んで5月から接種することができるようになると思いますので、ワクチン不足の現状の中ではグッドニュースとなります。



副反応(ワクチンの場合だけ副作用を副反応と呼ぶようです)を心配している方がおりますが、アナフィラキシーになる人は交通事故で亡くなる人よりもズ~っと少なく、アナフィラキシーで亡くなる人はまずいません。とっても安全で強烈に効くワクチンなのです。

自分がかかるよりも、周囲の大切な人にうつしてしまい犠牲者をつくってしまう恐怖と闘っています。COVID‐19で亡くなる場合、病院にて独りぼっちで逝くことになります。
COVID‐19は、人と人との?がりを断ち切らなければならない悪性疾患と言えるでしょう。

悪性疾患であるCOVID‐19を普通の風邪にさせることができるのは、新型コロナワクチンのみです。根本的な治療薬がない中、周囲の大切な人を守るためにワクチン接種を強く奨めます。「コロナは普通の風邪。ワクチン打つな!」と言うおバカさんがいて困りますね。



「東京オリンピックは開かれますか?」と言う質問を受け、当然、可能だと答えました。
競技は無観客で開かれ、アスリート、コーチ、アシスタントたちはワクチンを打ち、7月までに9000万人の日本国民がワクチン接種をして集団免疫を獲得すれば可能でしょう。

だから
みんなでワクチンをうちませう!


2021年04月22日(木)

赤レンジャー

一年ぶりに皇居1周、ジョギングしてきました。
気温16度、ほぼ無風、晴天の中で約40分かけて走りました。気持ちが良かったです。
Aging、歳を取る、避けられないことです。気持ちよく歳を取りたいと思います。

昨年は成人式3回目だということで、「かんれきだもの」というロゴの入った赤のパンツ、赤のシャツを着て走りました。赤レンジャー状態です。「かんれきだもの」が「かれきだもの」に読めて、目立つのでインタビューを受けるのではと・・・。まったくNothing Particular!



西銀座駐車場地下2階に車を停めて着替え、マスクを付けるのがエチケットなので赤マスクを付け、皇居に向かって走り始めました。でも、マスクを付けてのジョギングは苦しい。マスクが鼻にまとわりついてマックシェイクを飲みながら走るようなもの。暑くて、苦しい。

中国では体育の授業にN95マスクを付けて走ったら二人亡くなったとのこと。なので、皇居を周る時はマスクを外して走りました。2メートル以内に人がいないよう社会的距離を保ちながら走り、追い抜くときにはペースアップしてサッと追い抜きました。

昨年の皇居1周、余力がありました。だから、今年は皇居2周しようと思っていました。
しかし、歳を取ると鍛えても筋力はそう付きません。体力も付きません。週3回は走っているので筋肉痛が起きるとは思いませんでしたが、翌日の筋肉痛だったのでまだ若いのかな。

また、ゆる・ゆる・緩やかなる糖質制限を開始しました。ダイエットです。
6年前に厳密なる糖質制限を行って2か月で11Kg痩せました。あと1Kg 痩せようと思って5年が経ちました。痩せるどころか3Kgの体重増の結果です。人間は弱い存在ですね。

そして、先週からユルユル糖質制限を開始し1週間で1.5Kgの体重減少。
肉新ジャガ揚げ、小さ目の新ジャガを10分ほど油で揚げ、すき焼きのたれをからめて少々煮込み、牛肉の切り落としとシラタキを炒めた上に乗せて食しました。こりゃ、口福!

春は、新タマネギ、春キャベツなど、野菜がとっても美味しい季節。
フルーツカブという生で食べて美味しいカブを食しました。フルーツトマトもあります。
長崎の高島トマトは、水もろくに与えずイジメぬいて濃縮した、日本一美味しいトマトです。



千倉町の藤も、満開を通り抜けました。
20年ほど前、GW前半にご主人様と一緒に行った弘前城の桜も満開です。
地球温暖化の影響で季節が1か月ほど早まり、南の海上には巨大台風が漂っています。



My FavoriteTV Program NHK 「Professional 仕事の流儀」、今週はワイン醸造家である斎藤まゆ氏が紹介されました。葡萄をこよなく愛する仲間と、葡萄栽培からワイン作りまで山梨の小さなワイン工場から世界一のワインを創ろうとするスピリッツが紹介されました。

そのワイナリーの名前は「Kisvin Winery」。"Kisvin"、知っていましたが飲んだことはありませんでした。ワインのことは千倉の宝・青木屋にと決めているのですが、浮気しちゃった。
銀座から取り寄せた"Kisvin"を飲みながら番組を観て、番組終了後には完売していました。



やはり、極めるためにはスキルとスピリッツが大切。特にスピリッツが大切です。
そのスピリッツを醸造し、スキルを磨きながら最高のパフォーマンスが発揮できるよう努力し続ける。そうすると、自ずと結果を出てくるのでしょう。

2021年04月08日(木)

ミャンマーからタイへ

ミャンマーでは、大変なことが起きている。。。
国軍は、国民の命を守ることがミッションです。
その国軍が、国民の命を、子供や女性の命を無差別に殺している。

戦争は、大量殺人です。
国軍のトップは戦争を支持するだけで死ぬことはないです。犠牲になるのは国民なのです。
だから、アメリカより圧倒的に弱いイカレ親分デポドンがえばりまくっています。

ミャンマー軍のトップは、薄っぺらいプライドで引き下がることはないだろう。
外からの圧力に屈することはないだろうし、内政干渉だと言い逆に意固地になるでしょう。
武器を持たない国民が、武器を持つ軍隊にどのように戦ったら良いのだろうか。

昨日まで一緒に勉強をしていた友人が突然亡くなる。
ミャンマー軍に捕らえられた青年が炎の中に投げ込まれる。「母さん助けて!」と叫んで。。。
亡くなった子供を抱きかかえた両親が涙を流しながら叫んでいる。「助けてくれ!」と。。。

今、私には何ができるのだろうか。ニュースを観るのも辛い。
ロシアの商品を買うのは止めようか。
中国の商品を買うのは止めようか。

ミャンマーの隣国は、微笑みの国タイ。
そのタイのコマーシャル、大切にしなければならないのにどこかに忘れかけてしまっていることを思い出させてくれます。娘のユメが小学生だったころに見せた映像でもあります。

みなさんに、お裾分けです。見てください。


2021年04月01日(木)

キレイだよ

とうとう東京オリンピック、パラリンピックが開催されることになったようです。
新型コロナ感染症の世界的蔓延により当初の開催予定より1年間延期され、現在もワクチンができたもののまだ十分な接種率でないため、更に延期、あるいは中止と言われていました。



全てのアスリートたちは四年に一度のオリンピックのために全精力を注ぎ、周りの様々なサポートを受けながら、多くの犠牲を払い、艱難辛苦を乗り越えて参加します。アスリート本人のためだけではなく、家族を含め周囲の人たちの未来への夢を抱かせながら頑張るのです。

もし、今年のオリンピックが開催されなくなったら、新型コロナに私たちは負けてしまったことになるだけではなく、アスリートだけではなく私たちの未来への夢を打ち砕かされてしまったことになります。開催されることになり、未来への夢の扉が開かれて良かったです。

競技は無観客で開かれます。競技会場は感染予防が徹底されますので競技会場でのコロナ感染拡大は無く、競技が終わった後のビールを飲みながらの乾杯で一気に感染爆発します。
だから、世界からの観客を認めたら、日本は簡単に壊れてしまうでしょう。だから、無観客!

新型コロナワクチン、接種すればほぼ罹らなくなり、肺炎など重症化し死ぬことはゼロになります。つまり。ワクチン打てばタダの風邪になるのです。回りの大切な人にコロナをうつしてしまい、殺してしまうのではないかという恐怖心から解放させることができます。

とにかく、新型コロナワクチンが足りません。世界中には東京オリンピックを開催するので、日本社会の集団免疫を獲得するために、8000万人分、計1億6000万回の新型コロナワクチンを優先的に早くもらえるようお願いしよう。そうすれば、世界は認めてくれるでしょう。

今回の東京オリンピック、まず大赤字!観客がいないので観客代がゼロ、インバウンドもなくなるので、ホテル、観光サービスの収入もゼロになります。でも、アスリートのため、世界の未来への夢のため、コロナに打ち勝つために、オリンピックを開くことになったのです。

新型コロナのため、今回の東京オリンピック、パラリンピックは大赤字。
やってられないよ!状態です。なので、2032年のオリンピック、パラリンピックの開催都市として東京がエントリーしよう。既に会場はほぼ出来上がっているので、節約になります。

東京オリンピックを開くためには、無観客開催、新型ワクチンの優先接種、3度目の開催がセットになります。同じ都市で3度オリンピック、パラリンピックが開かれた前例はなく、2032年がまた楽しみになり、日本が夢をもって成長することができるでしょう。



東京オリンピックの開会式は10月10日、最も晴天になる確率の高い日として選ばれました。秋に開催され、その後は体育の日となり祝日となりました。また、10月10日は私のご主人様の誕生日。今はスポーツの日、と思ったら祝日から外されてしまい、驚いちゃいます。

私は第1回の東京オリンピックを覚えていませんが、2032年の東京オリンピックを観ることができるでしょう。3度の東京オリンピックを観ることができる人は幸せ者で、結構な人がこの幸せ者になるでしょう。幸せな東京オリンピック、とっても楽しみですね。



4月1日は4~1、YO~I、ヨ~イ・ドンの日。新年度が開始となります。
でも、4月1日生れは前年度の学年に入ることになっています。
何故なのでしょう。不思議です。

桜、サクラ、さくら、咲良、咲来。良いことが起きそうです。
ご主人様と再会し、決心し、行った弘前公園の桜、日本一です。
竹下桟橋から船に乗り浅草まで行き、隅田川の桜を見て、両国まで歩いてちゃんこ鍋。

桜の季節、思い出が一杯。
来年の桜の季節、どんな風になっているのでしょうか。
新・高校三年生、新・小学校6年生になる娘たちに幸あれ。

桜、サクラ、さくら、咲良、咲来。
桜、とってもキレイな季節。
桜、桜咲き、桜散り、桜結ぶ。キレイだよ。


2021年03月27日(日)

コロナ禍の桜

COVID-19緊急時値宣言が解除となりました。明らかに第4波が来ています。 そんな現実がこの週末に感じられ、この後1週後、2週後の感染状況に現れて来るでしょう。 感染ピークが医療限界を超えないようにハンマーでたたき、犠牲者を少なくしなければなりません。

娘が混んだ公共交通機関を用いることを避けるために、金曜日の夜松永醫院の外来が終わった後に車で迎えに行きました。土日のアクアライン渋滞はひどいのですが、金曜日の夜にも関わらず、いつも以上に大渋滞になっていました。普通の倍、3時間ほどかかりました。

渋滞する車のナンバーを見ると東京ナンバーが多く、金曜日の夜にもかかわらず多数の都会からの行楽客が房総半島に来ていることがうかがえました。パンツのゴムが緩んでいる状態というよりも、パンツのゴムが切れちゃった状態でしょう。交通渋滞は人生の無駄使い。

本日は土曜日、3月いっぱいにまでしか使えない南房総市のお食事クーポンが残っていましたので、和田町にある鰻屋さん「新都」へうな重を食べに行きました。人生最後の晩餐、卵かけご飯かうなタレ丼と考えていましたが、やっぱり、うな重にします。最幸!口福!

新都(しんみやこ)のうな重は、見た目は黒で味が濃そうに見えながらも意外とアッサリ。
と私の脳にインプットされていましたが、久しぶりに食べると普通の色でした。若料理長は金沢の料亭で修業をしてきており、本当は鰻だけでなくコース料理がおすすめです。
→ うなぎ 新都





桜の季節、東京は今が満開。房総半島の先っちょは、これからが桜の季節。
大学の同級生で、卓球のダブルスを組んでいた友人と、浅草あたりで昼間から酒を飲み、隅田川沿いの桜を愛で、夜再び酒を飲み交わすのが毎年の恒例でした。高島くん、元気?

桜の花、木の下の方から開花してくるのでしょうか。
松永醫院のデイケアから見た外景色、これからが桜本番。
桜を見ると、日本人で良かったと思います。





桜、サクラ、さくら、ちくら、千倉!


2021年03月15日(月)

2021年3月15日

3月15日、例年であれば確定申告締切日。山陽新幹線開通の日。
そして、私の誕生日です。昨年、還暦を迎えたので、今年は26歳になることになります。
精神的には歳を取らないどころか若返っているような気がします。しかし、身体は確実に歳を取ります。



50歳の時は胆嚢に13㎜のポリープがあり、形的にはコレステロールポリープで良性ポリープです。しかし、良性であるか悪性であるかの目安が10㎜であり、毎年少しずつ大きくなっており、半年ごとに精密検査をするのも面倒くさいと思いました。

あと、松永醫院の移転、リニューアルと将来に向けたプロジェクトを開始するときでしたので、胆嚢を取ってしまえば癌化する心配をしなくてすむ。ということで人生において初めての腹腔鏡下胆嚢切除術を亀田メディカルセンターで行いました。

全身麻酔に絶対に墜ちないと「いち、に、さん、・・・」と数えているうちに気が付くと膀胱に管がつながれた状態でベッドに横たわっていました。麻酔導入時の気管内挿管が難しく、麻酔部長が気管支鏡を用いて管を挿入したそうです。「呼吸が止まったらすぐに来てね。」という助言を有難く頂きました。

全室オーシャンビューの個室、家族も24時間見舞うことができ、場合によっては泊ることもできる亀田総合病院Kタワーの素晴らしさを堪能しました。おもてなしがホスピタリティーという言葉になることに納得します。私もHタワーを作り、「ヘイタワー」と呼ぼう。



60歳で白内障の手術。局所麻酔下で右目にメス、針が襲って来るのを見て耐えることができるのだろうかと思っていました。瞬きするのをどう防ぐのかなと思っていました。開眼器を用いて瞬きを防ぎ、眺めるよう指示を受けた光を見ていると他の風景が見えません。

術後感染が怖いので抗生剤の点眼薬を術前からつけ、内服薬は自分の判断で服用しました、
術後は、3時間ごとの点眼薬と一日3回の抗生剤点眼薬をつけました。関節内とか目に感染を起こすと厄介なことになります。血液が届いていないので免疫機能が働き難いためです。

手術日は入浴禁止、翌日から首から下のシャワー浴はOK。顔が洗えないことは辛いです。
洗髪は行きつけのチョッキンハウスで2回洗っていただきました。
でも、昨日、術後初めて自分で洗髪しました。顔も洗いました。当たり前が有難く感じます。

3月15日、昨年は朝のミーティングで赤いチャンチャンコと赤いシャツと赤いランニングパンツを突然プレゼントしていただきました。赤が好きな私が、赤だらけになりました。
早速、赤いプリウスに乗ってお江戸に向かい、赤ラベルで皇居一周5Kmを走りました。

今年は皇居2周を走るつもりです。白内障手術後なので汗をかくスポーツは禁止されていますが、術後6日目なのでそろそろ軽く走り始めるつもりです。いつものサンキュージョギング、3.9Kmをゆっくり走りませう。

3月、私の誕生月。日ごろ頑張っている自分自身にご褒美として箱根宮ノ下にあるおもてなしの宿・箱根吟遊に泊まりに行きます。温泉に入り、美味しい料理を食べて、チェックアウト時に来年のお泊りの予約をとる。これが20年続きました。さすがに、今年はキャンセル。
箱根吟遊‐Spa resort Ryokan HakoneGinyu【公式】

今年はStay Home。大好きな我が家で、家族一緒になり、美味しい料理を作り堪能しました。私はいつものローストビーフを、今回は62度の低温で5時間かけて作りました。ユメとココロはガバオを作ってくれたのですが、これがまた美味しく、口福になりました。





青木屋からの美味しいワインを飲みながら、ご主人様は浜松北高校の同窓生が作る浜松ビールを飲みながら、楽しいひと時を過ごしました。。。となるところ、私、切れました。ユメを怒鳴りつけました。人生を変えるかもしれない大切なレポートをいい加減に扱ったからです。



ユメ、朝5時過ぎに空気の入っていない自転車をこぎ、東京の高校に向かいました。
ユメ、今、壁にぶつかっているようです。
ユメ、賢くて優しい人間になり、幸せになろうね。そのためには、チャレンジ。

怒ったらダメ。怒ったらロクでもないことが起こる。っと考えている私が怒ってしまった。
ユメはまだ未熟な娘なのだから、高くて険しい壁を伴に一緒に登り、その壁を乗り越えられるよう引っ張り上げるのが父親の私の仕事だと思います。

3月15日、私の誕生日。まだ、特にプレゼントをもらっていません。
でも、おそらく、この父親の気づきが娘から私への誕生日プレゼントになるのでしょう。
ユメ、もうそんなに叱らないからね。

2021年03月11日(木)

3月11日

3月11日、あの日から10年が経ちました。テレビに映る風景を見ると、かつて人々が生活していたみそ汁の匂いのする街並みが、高速道路のような沿岸道路とかさ上げされた空き地に変わり人々の生活の匂いのしない無機質な風景に変わっています。



この10年、早いものです。時が止まっているのか、時が経っているのか、それとも時が逆戻りしているのか、複雑な思いを持ちます。私のメールの最後に、【誰かの犠牲の上で、私たちのいのちは守られている だから支える】というメッセージを入れてあります。

地球のどこかで災害が必ず起きています。どこかで、私たちの身代わりになって被災され、苦しんでいる人たちがいます。東北地方の人たちが、私たちのいのちの身代わりになっていただき、地震と津波と原発の被害にあいました。申し訳ない。だから支えますね、これからも。

石巻へ何度か支援に行きました。松永醫院の土曜日の外来をご主人様にお願いし、金曜日の夜千倉を出発し、土曜日の早朝に石巻に到着。土曜日と日曜日の午前中にボランティアをしました。日曜日の午後に千倉に戻るのですが、ボランティア渋滞があったことを思い出します。

長女のユメが大好きな卵かけご飯を食べさせたいと言って、一家全員で無洗米と水と卵と野菜を持って行き、鎌田のだし醤油をかけながら現地の人に食べていただきました。日和山公園から見下ろした風景、門脇小学校の3階に車が突っ込んでいる風景、忘れられません。

石巻で開業している先輩の佐藤先生、トラウマで震災後に電車に乗ることができなくなりましたが今もでしょうか。また、会いたいですね。佐久総合病院から石巻市民病院へ移られた長純一先生、一緒に働いたこともありNHKプロフェッショナルにも出ましたが、石巻市長選へ出馬するとのこと。応援します。

2011年3月11日午後2時46分、みなさんは何をしていましたか。
私は、一番の長老のおバアちゃんのところへ往診をしていた時に揺れました。おバアちゃん、「こんなひどい揺れは久しぶり。関東大震災以来。。。」と言っていました。

故郷があるのに、故郷から追い出され、故郷に戻ることができない人たちがいます。
思いと現実の乖離に苦しみ、時間が経てばたつほど思いは薄まり、現実に淀みます。
広島、長崎は、被爆地として人々が留まり、復興し、今に至っています。何が違うのか。。。



2021年3月11日、右白内障手術し、本日眼帯を外しました。
驚きました。透明な透き通る、爽快な世界が広がりました。
これが、おジイちゃん、おバアちゃんが術後言っている世界なんだなぁ。。。



中学、高校時代の同級生とも会いました。彼は同窓会が開かれると仕切ろうとします。
挨拶言葉として「俺は学年で一番のアホ!でも、俺が一番エバっている!」と言う人間。
今、テレビに出てくる会社の社長。話してみると男気を感じ、流れる石です。

そして、残念なことがありました。東京で診ている患者さんが肺がんになり、切除可能と判断し、強引に手術を勧めました。その患者さんの娘さんから電話があり、手術中に大量出血が起こり、危篤状態となっていると。責任を感じます。支えます。支えたいです。

いろいろなことが起こります。
あらためて、普通の毎日に感謝し、私を支える周りの人たちに感謝します。
【誰かの犠牲の上で、私たちのいのちは守られている だから支える】


2021年03月10日(水)

右白内障手術

外来でおバアちゃんが、「目がペチョペチョする。」と言います。
かつて、「はぁ?なんですか?」と思いました。
でも今、「あ~、このことだったのか!」と感慨深く思い出します。

目が上がり、耳が遠くなり、腰が重く、膝が痛くなってきます。
Aging、歳を取って、身体が錆びて来ています。いつか行く道を、同様に歩んでいます。
「上がる」、「下がる」のではなく、駄目になるのでもなく、これまた良い言葉です。

2018年8月、嵐が来る夜、少し早めの夕食を摂ろうと娘と回転寿司スシローに入りました。
左後方からお寿司が流れて来て、何を食べようか思いっきり左を見た瞬間に、プチっと右目が鳴りました。右目の奥で出血し、その血液で光が通らなくなり、物が見えなくなりました。

右硝子体出血です。特に大きなリスクファクターはありません。眼底出血、網膜出血との違いは良くわかりませんが、突然物が見えなくなることは不自由です。硝子体手術という目ンタマに針を刺して眼底を掃除することもありますが、私の場合には経過観察となりました。

右目、2年程かけながら段々と見えるようになりました。良かったなと思っていたら、1年程前から視野に白い膜がかかるようになり、逆に見え難く、本が読めなくなりました。
目の奥の網膜にフィブリンが付着し、増殖膜が形成されたためかと思いました。

亀田メディカルセンター眼科部長の堀田一樹先生に診て頂いたところ、目の奥に問題がある可能性はあるが、おそらく目の前の白内障が悪さしているでしょうと言われました。なので、まずは白内障の手術をして、どのくらい視力が回復するかみてみることになりました。



60歳で右目の白内障は、右硝子体出血に続発したものだと考えていますが、早過ぎます。
母が60歳代で値札がよく見えなく、医療保健適応になっていない時代に白内障の手術をしたことを思い出します。遺伝的にも白内障になりやすいのでしょう。

てなことで、3月10日、木更津の堀田一樹先生の奥さんであるジュンコ先生のクリニックで白内障の手術をしました。抗生剤の目薬を一日3回、その5分後に抗炎症剤の目薬を差します。術日はお風呂に入れませんので、早く起きて風呂に入り、手術しました。

手術自体は10分チョッとか。開眼器を装着し、灯りを凝視しますので、メスも針もハサミも見えなく、痛みも無いので、心配したほどの手術工程ではなく、堀田一樹先生の説明を受けながら安心して手術を受けました。外来の合間の手術で、私の胃カメラと同様でした。

術後は眼帯をし、明日は亀田クリニックで術後の処置予定です。眼帯を外し、寝る時も付ける眼鏡を購入し、約1週間顔も洗うことができないようです。ですので、洗髪を私のかかりつけの散髪屋さんチョッキンハウスに既に予約を取っております。



埋め込んだ眼内レンズ、一応40年は持つようです。レンズ、多焦点ではなく単焦点で医療保険対応の手術を行いました。手術代、3割負担で4万円ほど。安いと思います。
明日の眼帯を外した時の風景が楽しみ、「地球は青かった!」と言うのでしょうか。



3月10日、東京大空襲の日。多くの犠牲者が生まれました。
そして、明日3月11日、東日本大震災から10年が経ちます。

2021年03月06日(土)

がんばります

ワクチン担当大臣となった河野太郎さんが、テレビでワクチンスケジュールを発表しています。 医療従事者のワクチン接種がまだまだ終わらないのに高齢者のワクチン接種するスケジュールを発表。 ならば、「一般の人のワクチン接種はいつからですか?」という質問に

河野大臣、ニヤニヤしながら一言、「が・ん・ば・り・ま・す!」と。

新型コロナワクチン・コミナティの接種が始まりました。マイナス80度での保存が必要、振動に弱いなどワクチン配送に問題があると言われていますが、ロジスティクスの進んだ日本ではワクチン配送に大きな支障がないと考えています。問題は、ワクチン量の確保です。

日本に来るコミナティはベルギー製だそうです。EUの輸出許可が必要なのですが、EU内でも不足しているワクチンを日本に大量輸出する許可は難しいでしょう。それを可能にするためには、東京オリンピックを開くので6月までにワクチン接種を終わらせたい!と言うことです。

現在、日本での接種対象は医療従事者になっていますが、基本型ワクチン接種医療機関である亀田でさえ3月中に接種完了することは不可能で、私を含めた一般医療機関のスタッフが接種できるのは4月からになるでしょう。ワクチン不足でかなり厳しい状況です。

致死率の高い虚弱高齢者が集まり、ケアという濃厚接触の場となっているのが介護施設です。その介護施設に入居している高齢者がワクチン接種できるのが4月からチョロチョロ。
なので、一般の元気な人がいつ接種できるのは予測できません。ワクチン供給次第なのです。

河野太郎さんの「がんばります!」という言葉、救われます。
見通しのきかない状況なので「わかりません。」とNOと答えるのも冷たく感じます。
頑張って早くワクチン接種できるように努力しますという言葉に救われます。



私たち医療者は、患者さん、ご家族から絶対に助けてくださいと言われます。
私たちは命を助けるために頑張るのですが、救命することがかなり困難な場合でも「がんばります。」と答えます。NOと言わないこと、断らないことが大切だと思います。

もし、残念な結果になったとしても、責める人はそお多くないです。それでも責めてくる場合には、「頑張ったのですが・・・。ごめんなさい。」と素直に謝れば許してくれます。
「頑張ります!」と言って怒る人はいないでしょう。「がんばります!」、良い言葉です。


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