今年の新サンマを食しました。美味かった!元気が出る!マストバイです。
新サンマは、小っちゃく、痩せていて、そして値が高い!と思っている私。
でも、今年の新サンマは大きく、脂が乗っていて美味く、値段はソコソコ。
この週末は久しぶりの千倉ステイ。千倉オンリーでした。
土曜日は、私の本を読み、私の医療活動を見学したいという方を接待しました。
彼女は非医療者、でもいのちにかかわる仕事をしています。何を感じたのでしょうか。
土曜日午後、ZOOMを用いた2時間の勉強会にも参加しました。
千倉出身、大手介護関係の会社の重役をしている方が主催しています。毎月1回開催されていて、かなり忙しい方なのに長年にわたって開催されてその継続性には頭が下がります。
日曜日も朝7時からのラジオ体操に娘と参加。朝から汗ビッショリになりました。
午前中は、たまっていた介護保険の主治医意見書を書き上げ、月曜日に開かれる介護認定審査会の予習をしました。その他にも訪問看護指示書、情報提供書などを処理しました。
日曜日の午後は、介護保険関係とデンマークの勉強を少々しました。そして、いつもの3.9KmサンキューJoggingをして、夕方4時半ごろ南千倉海岸で海水浴チャプチャプし、熱い夏と冷たい海水の狭間で魂の充電をしました。自然のHealing Powerを享受しました。
南房総の海、自然の宝です。でも、住んでいるとその素晴らしさが見えなくなり、海の存在自体を忘れてしまっているような気がします。身の回りにある有難いものを認識し、その良さを再確認しようと考えていましたので頑張って日曜日の夕方に海水浴をしました。
海に浸かって、良かったです。幸せになりました。
そして、幸せって何だろうかと思いました。身の回りに落ちていることに気づき、拾い上げ、その有難さを堪能し、感謝の気持ちを持つこと。普通のことに感謝することだと思う。
平和であることに感謝
何もないことに感謝
普通であることに感謝
現在、松永醫院は夏休みです。
今まで盆を夏休みにしていたのは働くスタッフのためで、私自身は通常通りの診療をしていきたいと考えていました。でも、猛暑を通り過ぎ酷暑、そして私も歳を取りました。
体中の筋肉がだるくて痛い。動くのが辛い。
以前は、睡眠途中で太ももの筋肉をえぐられるような痛み、シビレで目覚め、睡眠障害を来していました。今はそこまでの痛みはありません。でも、睡眠障害は続いています。
普通は筋肉痛で動くのが嫌になるので、運動不足となり、外出せず、老け込むでしょう。
でも、アンチエイジングでのジョギングは続けています。走り始めての5分間はだるくてだるくて辛い。それでも根性で走り続けて30分、約5Kmをどうにか走り切ります。
平舘(へだて)地区のラジオ体操、朝7時から始まります。ラジオ体操も地域医療、地域包括ケアの要と言っている私、朝の忙しい時間帯ですが、ほぼ参加しています。しかも、弱りかけている人を誘って、子どもも外国から来た人も、皆で支えあう互助の世界を創っています。
まだ、大丈夫。どうにか行ける。とホッとしています。
加齢にともなう不調、不都合とうまく付き合いながら生きるしかない。
なんやかんや、90歳過ぎまで生きます。そして、必ずボケていきます。
睡眠障害があり、体は絶不調ではあるが、食欲はあります。
アルカホールは、ボトル一本を飲み干すことは止めて半分ほどに、サワーも9%から6%ほどの薄めにしています。エアコンを上手に使い、体をいたわっています。
一年で最も暑い8月、広島長崎の原爆の日があり、本日は終戦の日です。重たいです。
戦争は絶対に悪いことなのに、必ず世界のどこかで戦争が起きています。
イスラエル、何の罪のない子供たちを一瞬にして殺している。許せない。
私の子供たちに、「突然、お父さんとお母さんが死んじゃって、独りぼっちになったらどうする?」と聞く。子供たちは黙っています。紛争地では、そんな独りぼっちになってしまった子供たちがいっぱいいます。私に何ができるのだろうか。せめて、戦争の悲惨さを伝えるしかないでしょう。
今年の夏休み、子どもたち全員に用があって子供たち不在。ご主人様と私の二人だけ。
会話の無い世界が広がる。まあ、それも良し。意外とケンカもない。
まったく他人の二人が支え合う夫婦、おもしろいものです。
本日より8月が始まりました。一年で一番暑い時期にもなります。
南房総、木陰に入り、風が吹けば涼しい。という時代は終わりました。
昔を思えば信じられない35℃、日本全国をみれば40℃超えは当たり前になっています。
昨日、カムチャッカ半島沖で巨大地震が起こり、太平洋沿岸に津波警報が出ました。
午前9時前、ちょうど松永醫院では検査をしている最中でした。胃カメラ検査は予約制で10時の枠まで埋まっており、検査で走り回っているときに事務長から報告を受けました。
津波到着予想時間が午前11時、約2時間半の猶予がありました。
津波は「てんでんこ」。自分のいのちは自分で守る。自分できちんと逃げることです。
でも、自分で逃げられないのが、歩けない0歳児、あと車いすの要介護者。
テレビで津波情報が流れ、津波の高さが1mから3mと注意報から警報に変わり、逃げる覚悟ができました。松永醫院を含め全部の介護事業所の利用者全員を南房総市が指定している避難所に避難しました。車椅子の人もピストン輸送で避難しました。頑張りました。。。
避難所、体育館のような作りでエアコンがありませんでした。トイレ、洋式トイレが1個だけありましたが狭くて使いにくそうです。椅子もほとんど無かったので、座ることもままなりませんでした。暑い中、居心地の悪い環境の中で過ごさざるを得なく、課題満載です。
今回の津波到達までの2時間程が、津波からの避難練習となりました。実際の房総沖地震の時の津波は到達するまでに約10分足らずの予測になっているので、揺れ動いて驚くのが約5分、すぐに避難しないといのちともども流されてしまうでしょう。
時間との勝負となり、市の避難指定場所であるBG体育館ではなく、すぐ隣にある3階建て千倉こども園となるでしょう。垂直避難すべきですが、この施設にはエレベータはなく、3階にはエアコンがありません。でも、与えられた環境の中で命を守るしかないのです。
それにしても8月、熱い!台風が来ましたが東に少々それて被害はほとんど無かったです。
雨が降るところには、これでもかと雨が降りまくります。雨が降らないところは、地面にひび割れが入り農作物に被害が出ているようです。温暖化現象でしょう。
トランプ大統領が、「どんどん石炭を掘れ!そして、どんどん燃やせ!」と言っています。
パレスチナのガザ地区では、何の罪もない子供たちが風に吹かれて死んでいっています。
無関心は最大の恥だと考えていますが、いったい私たちは今何ができるのだろうか。
8月1日、チバテレビ系列の「クローズアップCHIBA50」に掲載されました。
千葉県で、今頑張っている50人に選ばれました。でも、これ、私がでなく、私を支えてくれている笑顔グループのスタッフ全員のおかげだと考え、感謝します。
「クローズアップCHIBA50」
真ん中辺りにある「笑顔グループ」をクリックしてみて下さい。
今年から医学生を受け入れております。東邦大学と千葉大学からです。
東京医科歯科大学(現東京科学大学)の同級生の三上哲夫先生、私はテッちゃんと呼んでいるのですが、テッちゃんとの縁で実現しました。テッちゃん、現在東邦大学の教授です。
テッちゃん、松永、三浦、三上と学籍番号が近く、呑み仲間でした。現役で地方進学校から入ってきており、頭が良く、真面目で、医者でなく学者で生きていくぞ!という匂いをさせ、顕微鏡をのぞいていました。今は、病理の教授だけでなく医学生教育にも食い込んでいるようです。
テッちゃんを通じて千葉大学にも縁ができました。鋪野先生が私の話を聴いて直ぐに千倉へ見学に来ました。忙しいはずの鋪野先生に平日の3時間、私の医療活動を紹介しました。そしてその直後、NHK番組ドクターGに総合診療医として出演していたのです。ビックリ!
東邦大学医学部2年生の3人、二日間の臨床実習が終わりました。
自然共生型の「脳と心に突き刺さる実習」と名付けています。
どれくらい、医学生の脳と心に深く突き刺さったでしょうか。
いのちを助け、いのちを支える。いのちを助け、いのちを元気にし、いのちを輝かせる。
これが優しい医療。いのちの輝きとは、それは笑顔でしょう。だから、日本一、地球一笑顔を集めるグループになるぞ!と笑顔グループと名付けて、理想のケアを求めています。
亀田メディカルセンターというマンモスのそばに生息する小さなアリンコが私です。マンモスの独り勝ちと思われているかも知れませんが、実はマンモスとアリンコは共存共栄しながら地域のいのちを守っている現場をお見せしました。伝えたいことを伝えました。
QOLを上げ、QODを求め、満足死を達成する。すると、死んでも生きている。
豊かな日本を作った高齢者が、「こんなはずじゃなかった」と言って地域から消えている。
自己決定の尊重、自分の人生は自分で決める。その原則からスタートしよう。
高齢者は昼間ベッドでゴロゴロしながら弱る。外出する気がなくなり、外出できなくなり、地域から見えなくなり、気が付いた時には救急車で運ばれ、後方病院、後方施設へ消える。
ベッドは夜寝るところ。大切なことは、「日昼離床」。ベッドしかないところには要注意。
病院は、命を助けて再び自宅へ帰るために我慢しにいくところ。長居は要注意。
3時間リハビリをして、残り20時間以上ベッドの上で過ごせば、元気になれない人がいる。
介護保険を上手く使えば、認知症で独居であっても自宅で、地域で過ごすことができる。
そんなこと、いのちを支え、いのちを支え切る現場を医学生に体験していただきました。
暑い夏、海水浴もしました。ラジオ体操も、プチ山登りも体験しました。仕事とプライベートの境界線がない、町医者の地域医療がどれくらい脳と心に突き刺さったでしょうか。
ミチカさん、イシダくん、バンリくん、君たちはセンス抜群。良い医者になると思います。
医学部2年生の早い時期に体験したいのちを支える臨床実習を通して、無色透明のごちゃまぜケアという理想のチームケア、田舎ヘッポコ田舎町医者の魂を紹介しました。またね。
夏祭り、この週末、千倉が一年で最も燃える日となりました。
例年は梅雨の終わり、雨の祭となります。しかし、温暖化現象で早くも梅雨明けし猛暑の中のお祭りになるところ、少し夏冷えし、曇りで、最後は雨が降りました。良い天気だったと思います。青年団長の幸蔵くん、ご苦労様でした。
アンチエイジングでジョギングをしていますが、走り始めての5分間が異常なほど足がだるくて辛いです。そう感じたのは1年以上前からになります。しかし、始めの5分間を我慢して走ると身体も馴染み、10Kmほど走ることもできました。
3カ月ほど前、皇居1周を走りました。緩やかな高低差があり、以外にも工事で凸凹の道も一部あります。皇居を反時計回りで走るのですが、少し小高い半蔵門から緩やかな下り坂が街並みも奇麗で一番お気に入りのベストコースになります。
日頃走っているので、5Kmの皇居1周は問題ないと思っていたら筋肉痛を起こしました。
その筋肉痛が3カ月ほどたった今でも痛く、続いているのです。それどころか、特に右大腿四頭筋の筋肉痛が増強し、睡眠中に目が覚め、寝れないぐらいに悪化しています。
長時間、正座したときのような脚のシビレ、何とも言えないダルさ、痛みが続いているのです。両側の足背動脈、膝窩動脈、大腿動脈はきれいに蝕知され、5Km走ることができますので、下肢の動脈疾患はないと考えています。静脈にも問題ないでしょう。
何か病気があるのではとCPK、Caなどを調べてみると、CPKが軽度の上昇ぐらい。
甲状腺の機能を調べても、抗核抗体、リウマチ因子などを調べてみても、異常は無いです。
難しい神経筋肉疾患は無さそうで、少し安心し、この病態はいったい何だろうと考えています。
現在、一番疑っていることが薬による副作用だと考えています。
スタチン、コレステロールの治療薬。腎機能が低下している人に横紋筋融解症が起こりやすいということは知っていましたが、腎機能が正常でも筋肉痛が起こるようです。
薬、草冠に楽と書きます。日本製のポルシェと言っているタケキャブを胃痛で服用すると、潮が引くように痛みが取れて楽になります。抗生剤を服用すると嘘のようによくなってきます。死ぬかもしれないコロナ感染症も、ワクチンの登場で普通の日常が戻ってきました。
薬は有難いものです。でも、薬の副作用も頭の片隅に入れておかなければなりません。
薬を処方するのは医師。医師が薬の副作用を意識しなければ、患者さんを苦しめることになります。自分自身が体験してみると、薬の大切さとクスリはリスクだと感じました。