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覚悟の瞬間 医療法人社団優和会 松永平太
2025年12月19日(金)

NEW!! 塞翁が馬

人生の目的はなんだ?
良い学校へ行き、良い会社へ入職すること?良い仕事に就くこと?
では、良い人生を送るとは、その良い人生とは何?

子どもたちには、人生の目的は幸せになることと伝えています。
でも、自分一人だけが幸せになることはできない。
だから、幸せを先ずは回りに配りなさい。

配れば配るほど、幸せの渦は大きく強くなり
そして、いつかは自分自身に戻って来るよ。
その幸せを回りに配ることを、社会貢献というんだ。



Christmas Season、テレビでは華やかな映像が流れています。
Christmas Songが流れ、青春時代の曲が流れています。
なんか懐かしく、苦しくなります。この人のために頑張ろうと。。。

今、その時、その場所、人との出会いを堪能しよう。
もうチョッと、自分の足元を見て感謝しよう。
もうチョッと、自分の身の回りをみて、夢に向かおう。



塞翁が馬、よく聞く諺ですが意味合いは知りませんでした。
ノーベル医学生理学賞の山中伸弥先生から教えていただきました。
人生には山あり谷あり、そんな人生を楽しみながら夢を実現させたいと思います。

iPS細胞研究所 山中伸弥教授 卒業スピーチ「塞翁が馬…だから人生は楽しい」平成27年度近畿大学卒業式

娘を館山まで送る車中でみるユーチューブ、ためになります。
身の回りには小さなダイヤモンドがたくさん落ちています。それに気づいて、拾おう。
1%だけチョビッと頑張る、工夫をする。その積み重ねが大切でしょう。

情報は、流れてくるもの。
知識は、その中から拾い上げて覚えるもの。
知恵は、その知識を用いて未来をつくること。

2026年はどんな年になるでしょう。楽しみです。


2025年12月10日(水)

ニコ没

千倉中学校の同窓会、かなり前で20年以上前か、社会科の担当の先生から
「平太、お前医者になれたんだってな。良かったな」⇒「はい、どうにか」
「人のいのちを預かるんだから、真面目にやれよ」⇒「はい、、、」



これが、私の小・中・高校の社会的評価だったのだろう。ロクでもなかったのです。
全ての卒業アルバムは紛失しております。
どんな千倉での青春時代をおくっていたのか、よく覚えていません。

夏休みの宿題、しませんでした。
本も買うだけで、読みませんでした。所謂、積読。
図書館から本を借りたのは1回だけ。一度だけ借りてしまったことを後悔していました。

母から「平太、お前はやれば必ずできる!」と言われ、プライドだけは持っていました。
ただ、椅子に座り机に向かい、将来どこに留学し、どんな研究をし、ノーベル賞をとることを夢見ていました。で、やっていたことは、世界地図を開き、数時間見入ること。

自分の夢見ていることと現実とのギャップ、とてつもなく大きくズレまくっていました。
ズレが大きく多すぎて、マズいという病識さえありませんでした。
私の少年時代、バカで、約束を守らなく、モノを失くしまくって、ベイキャントでした。

そんな私が、いつ人生のシフトチェンジをしたのだろうか。
一つは、医学部に入るために再受験をしたとき。
もう一つは、千倉に戻ってから。「へっ!」と言って出て行った千倉に戻ってからです。

勉強したら日本一をとった。母が言っていたやればできる!が、本当なんだと驚いた。
大学同級生76名のうち75名が大学医局関連に進む中、たった一人大学から出て行った。
そして、捨てたはずの千倉へ戻り、千倉で骨を埋めると覚悟し、千倉に育ててもらった。



私の生き方が、変わってきました。
明日まで伸ばせるものは、今日はやめて明日に延ばそうという生き方をしてきました。
今日できることは、明日に先延ばしにせず今日やり切ろうという生き方に変えています。

次から次へと用事が入ってきます。あとでと今やらなければならないことを後送りにすると、やるべきことすら忘れてしまいます。チョッと気になることに興味を持ち、その場で反応し、1%の努力を積み重ね、101%、201%へと膨らませる、そんな人生を送ろう。

最近知った言葉、「ニコ没」。
ニコニコしながら没落する。渋沢栄一関連にまつわる言葉らしい。
敢えて勝利を捨てつつチャレンジし、常に新しいものを取り入れる精神だと思う。

【名言NO.71】成田悠輔「卒業式」#名言集 #成田悠輔 #感動 #人生 #名言

2025年12月03日(水)

まいりました

2025年12月、師走、私は走り回っています。
12月、振り返ると一年は早いものです。12月、今年は20℃を超える暖かい日があり、「私は、サンタさんの親戚のヘータさん!」のシーズン到来でもあります。

私のストレス発散は、料理をつくることです。
朝4時に起き、娘に弁当を週2回作ることを悦びにしています。
でも、ご主人様も娘も料理の味を褒めることは少なく、私のストレスにもなっています。



ある日の夕食、私が料理をつくっている間、ご主人様は椅子に座りスマホをいじっているばかり。「KP乾杯の準備をする、取り皿を出す、やることあるだろ!」と私が言ったら、ご主人様が逆切れ!「布団を干し、洗濯し、洗い物をたたむ。でも、感謝の言葉がない!」

ということで、洗濯禁止条約が発令。
私は、結婚してから今まで洗濯をしたことがありません。学生時代は洗濯槽と脱水槽のダブル槽洗濯機を使っていましたが、今のドラム型の洗濯機の使い方がわかりません。

その内にご主人様も忘れて洗濯してくれるだろうと期待していましたが、まだ認知症になっておりません。どんどん洗濯しなくてはならないものが山積みになっています。まずは前後、そして裏返して前後すればパンツは4日はける!と言っている私も困りました。



シャツもあるものを取り出し着て、2周目、3周目と臭いを確認しながら再び着ました。
暖かい夜にも恵まれて、夏の掛布団のまま。寒くなってきましたのでパジャマの上にセーターを着てしのぎました。子どもたちからお願いします!と言ったらと助言を得ています。

ご主人様に「朝、起きてみたら凍死していたらどうする?」という質問をしたら
「線香をあげます。」と。女性は強い。男は弱い。外ではゴミをまたぐような人間になるな!と言いながら、家の中ではゴミをまたぎまくっている私。

とうとう、11月下旬、ご主人様に「まいりました!」と白旗を振りました。
ニヤッと笑うご主人様。負け戦とわかっていながら、闘い続けた私。
でも、「まいりました。」と言ったら、穏やかな毎日、温かい夜が戻ってきました。



暖かい12月が終わり、これから本当の冬がやって来るようです。間に合いました。
12月、一年を振り返る時。そして、これから来年への準備に入ります。

Stay Hungry,Stay Foolish,Stay Warm !
【英語スピーチ】Apple創業者スティーブ・ジョブズのスタンフォード大卒業式スピーチ|日英字幕

2025年11月12日(水)

母親大会・児玉三智子さん

この日曜日、南総文化ホールで開かれた千葉県母親大会IN安房に参加してきました。
「生命(いのち)を生み出す母親は、生命を育て、生命を守ることをのぞみます」
なるほど、生命を生み出すのは母親のみ。父親はいったい何をしたらよいのだろうか。



ノーベル平和賞を受賞した日本被団協(日本原水爆被害者団体協議会)事務局次長の児玉三智子さんのお話を聴きました。そのテーマは
「戦後・被爆80年 今 平和の願い新たに、そして次世代に」

現在88歳の児玉三智子さんから、ノーベル平和賞は今年2025年に受賞される予定だったのが、核兵器が再び使われる危険性が出てきた世界情勢のために一年繰り上げて2024年に受賞したそうです。受賞してから日本全国から、世界から講演依頼が来ているとのこと。

8歳で被爆した児玉さんから、たった一発の原爆から一瞬にして子供たち含む14万人ものの尊い市民の命が犠牲になってしまった。その光景は地獄。オブラートに包みながら話していただいたと思いますが、両目が飛び出し垂れている。。。、聴くに堪えられない思いを持ちました。

ノーベル平和賞受賞スピーチ田中2025 - Google 検索

私も長崎被爆二世として発言しました。

父は、原爆爆心地から500mほどの誰も助からないNo Man's Areaで長崎大学病院のコンクリートの壁のおかげで奇跡的にいのちが守られました。母は、看護師として救護のために長崎に入り、黒い雨にうたれて被爆しました。たった一発の黄色い爆風で、7万人もの尊い命が亡くなりました。

死ぬはずの父が生き残り、今の私がいます。奇跡です。感謝します。
その父からは原爆の話を聴いたことがないです。あまりにも酷くて語れなかったのでしょう。父の背中からガラスの破片が出てきたことを覚えており、被爆して20年以上たっていました。



今、高市首相が美しく、強い日本をつくりましょうと言い、軍事費を増やそうとしています。軍事費を増やすということは戦争の準備をするということと同じ。絶対にしてはならないことです。なのに、反対する声はあまりにも小さく、広がりも少ないように思えます。

戦争は絶対に良くないと全ての国民が思いながら、戦争への準備をしています。
私たちの願いと国が進もうとする方向が真逆を向いています。それは、政治が悪いから、教育が間違えているからです。もっと、政治に関心を持ち、平和教育をすすめていくべきでしょう。

世界唯一の被爆国が日本であり、日本原水爆被害者団体協議会がノーベル平和賞をとっているのに、日本は国連での核兵器禁止条約を批准していない。恥ずかしいことです。
国民の願いを政治が受け留めていない。ろくでもない政治屋ばかりで、それを選んでいる無関心な日本人ばかりです。

児玉三智子さんは、粘り強く、あきらめず、平和のための活動を進めようと言っています。
そして、その思いを次世代へ伝え、広げ、核のない平和な日本・地球をつくろうと語っていました。とても88歳と思えないパワーを持った魅力ある女性でした。

私は児玉三智子さんに「10年後再び児玉さんを母親大会にお呼びしたいと思いますので、元気でお過ごしください。」と伝えました。または12年後100歳の誕生祝を盛大に開いても良いかと思います。それまで、みんな元気よく、ボケないで生きましょうね。


2025年10月30日(木)

長崎被爆二世

2025年、今年もあと2カ月となりました。
振り返ると早いものです。季節もやっと夏が終わり、冬モードとなってきました。
今年の夏は暑く、長かった。でも、来年の夏はもっと暑く、長くなるでしょう。



日本初の女性総理大臣・高市首相が誕生しました。
強い日本をつくる、防衛費を増やすなどと言い、絶対になってはならない人が総理大臣になってしまいました。対抗馬だった小泉くんも防衛大臣に、困ったものです。

軍隊を持たない国は、日本とコスタリカ。
コスタリカは、不安定な中央アメリカで軍隊を持たず、軍事費を国民のためのお金に費やして幸せ大国になっています。それに対して日本は、幸せを感じにくい国になっています。

バブル崩壊して35年、日本は全く成長しておりません。明らかに政治の失敗です。
毎年、毎年、生活がチョビットだけ良くなれば私たちは希望の光を持つことができます。
でも、格差はどんどん広がり、不登校は増え、未来がよく見えない社会となっています。



地球温暖化を地球規模で防がなければならないのに、そんな政治家はいません。
タバコは健康に良くないとわかっているのに、タバコを禁止する政治家はいません。
戦争は良くないと全ての人が言っているのに、戦争の準備をする政治屋ばっかり。

本当の政治家はいなく、ろくでもない政治屋ばかり。
ろくでもない政治屋を選んでいるのは国民。つまり、ろくでもない国民ばっかりだから。
賢い国民であるかどうかの指標の一つは、投票率。日本の投票率はOECDで最悪。

政治が悪いのは、教育がなっていないからだろう。
投票することの大切さを教えていない。一票、一票の重さ。一つ、一つの努力の積み重ねの大切さ。そんなチョッとずつの積み重ねで101%となり、200%となることを伝えたい。

高市首相の演説を聴いていると期待したくなる。でも、トランプ大統領との防衛の話を聴くと本当の政治家ではないことがわかる。長崎原爆二世である私は、一瞬にして10万人以上の尊い命を奪ったアメリカの言いなりになっている今までの日本政府を不思議に思う。



父は爆心地から500mほどの誰も助からないNo man's areaで病院のコンクリート壁のおかげで助かりました。母は被爆した後の長崎に救護に入り、黒い雨にうたれたそうです。
そお、私は長崎原爆の被爆二世。今、私が生きていることは奇跡。感謝します。


2025年10月14日(火)

地域共生ネットワーク鶴岡大会2025

この週末の連休、山形県鶴岡市に行ってきました。鶴岡、人口が約11万人、安房と同じくらい。山形なので山形新幹線を使うのかと思ったら、上越新幹線を使うそうです。それは鶴岡が山形県日本海側の最南部に位置するため、新潟経由で北上した方が早いからです。

でも、飛行機の方が早いとわかり、朝一番の便で羽田から庄内空港へ笑顔グループの仲間9人で向かいました。羽田空港は駐車場の確保が難しいのですが、朝5時集合、羽田空港には朝6時過ぎに到着しましたのでスムーズに羽田空港駐車場にとめることができました。



「地域共生を支える医療介護市民全国ネットワーク」というNPOの全国大会が鶴岡で開かれたからです。私は地域共生ネットワークと略称していますが、今年は山形県鶴岡で、来年は千葉県佐倉市で開かれ、来年の副大会長を任命されたので自分事として参加しました。



このNPOは、在宅ケアを支える診療所医療介護市民全国ネットワークと地域医療を実践している病院が中心となっている地域医療研究会という組織が合流して出来上りました。市民も参加する学術集会は他になく、鶴岡大会長である瀬尾利加子さんは市民代表でした。



鶴岡、食と伝統文化の歴史あるまちだそうです。庄内平野に位置し、山形市に次いで大きいまちで、今の季節はいも煮が美味しいということで大会懇親会にて堪能しました。また、庄内空港に「米のうまいところに悪い人はあんまりいません」と書いてあって笑いました。



私が今まで行ってきた地域医療の源流は、この地域共生ネットワークにあると思います。

困っている人をみて知らんぷりすることができない。薬や検査や治療だけでは元気にすることができない。みんながつながり、地域を優しく、社会を豊かにし、未来を創ろうという仲間達が日本全国から集まります。とってもおせっかいな仲間が集まって来るのです。

鶴岡の街中キネマがコロナの影響もあり経営破綻しました。その映画館を行政と市民が一緒になり、再興したのです。市の社会福祉協議会が事務所移転し、街中キネマを応援したい市民が集まり、上映した後に討論し学び合う場にしているなど工夫を凝らしていました。

まちつくりは、住民参加が必須。自分のこととして知恵、工夫を使い、汗をかき、つながることが大切です。この流れは、来年できる千倉複合施設運営の仕方に参考になりました。
その他、東大の飯島先生のフレイル、認知症、ヒアリングフレイルなどを勉強しました。

鶴岡大会長の瀬尾利加子さんのもと、とっても素晴らしい大会となりました。
来年は佐倉大会、大会長はさくら春色クリニックの三嶋泰之先生。カッコいい先生です。
私は、副大会長として三嶋先生をサポートし、実りある佐倉大会にしたいと思います。


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